^昼間なら、まだよい。しかしサン・ジャック市門で、朝の八時に! そこを誰が通るか。そこに誰が行くか。そこで一人の男が殺されていることを誰が知るか。そこに一つの実例を示されていることを誰が気づくか。誰にむかっての実例ぞ。明らかに大通りの樹木にむかってであろう。
 諸君にはわからないのか、諸君の公けの処刑はこそこそとなされていることが。諸君は自ら身を隠していることが。諸君は自分の仕事を恐れ恥じてることが。この告知の後は正理を知るべし[#「この告知の後は正理を知るべし」に傍点]を諸君は滑稽《こっけい》に口ごもっていることが。諸君は内心動揺し困却し心配し、自分が正当だとは信じかね、万般の疑惑にとらえられ何をなしてるかもよくわからないでただ旧慣にしたがって首を切っているということが、諸君にはわからないのか。諸君の先人らが、古い議員らが、あれほど平然たる良心をもって果たしていた血の使命について、諸君は少なくともその道徳的および社会的感情を失ってしまっているということを心の底に感じないのか。先人たちよりもしばしば諸君は、家に帰って夜の安眠ができないのか。諸君以前にも極刑を指令した人々がある。しかし彼らは法と正と善とのうちに自負するところがあった。ジュヴネル・デ・ジュルサンは自ら審判者だと信じ、エリー・ド・トレットは自ら審判者だと信じ、ローバルドモンやラ・レーニーやラフマスなどでさえ、みな自ら審判者だと思っていた。が、諸君は心底において、自分は殺害者ではないという確信さえもたない。
 諸君はグレーヴの刑場を去ってサン・ジャック市門におもむき、群集を避けて寂寞《せきばく》の地を選び、白昼よりも薄明の頃を好んでいる。もはや確固たる信念でことをなしてはいない。諸君は隠れひそんでいる、と私はあえて言う。
 死刑に賛成のあらゆる理由は、かくのごとく破れてしまう。検事局のあらゆる論法は、かくのごとく無に帰してしまう。それらのあらゆる論告のはしくれは、かくのごとく一掃されて灰燼《かいじん》になる。すべてのへりくつは論理の鎧袖一触《がいしゅういっしょく》で解決される。
 法官らが、社会を保護するという名目のもとに、重罪公訴を保証するという名目のもとに、実例を示すという名目のもとに、ねこなで声で懇願しながら、陪審者たり人間たるわれわれにむかって罪人の首を求めにくることが、もはやないようにしたいものである。すべてそれらの名目は、美辞麗句であり空太鼓《からだいこ》であり空言《そらごと》である。そのふくらみは針でひと突きすれば縮んでしまう。その描かぶりの饒舌《じょうぜつ》の下にあるものは、冷酷、残忍、野蛮、職務熱心を示そうとの欲望、俸給を得るの必要、などばかりである。不徳官吏ども、口をつぐむがいい。裁判官のもの静かな足の下に死刑執行人の爪がのぞいている。
 非道な検事はいったいどういうものであるかと考える時、人はなかなか冷静ではいられない。それは他人を死刑台に送ることによって生活している人間である。本官の刑場用達人である。そのうえ、文章や文学にうぬぼれをもってる一個の紳士で、弁舌が巧みであり、あるいは弁舌が巧みだと自ら思っており、死を結論する前にラテン語の詩を一、二行必要に応じて暗唱し、効果を与えることにつとめ、他人の生命が賭けられてる事柄に、みじめなるかな、自分の自負心だけを問題とし、特別な模範を、およびもつかない典型を、その古典ともいうべき人物をもっていて、某詩人がラシーヌを目ざしあるいはボアローを目ざすように、ベラールとかマルシャンジとかいう目標をもっている。弁論では断頭台のほうをねらい、それが彼の役目であり本職である。彼の論告は彼の文学的作品であって、彼はそれに比喩の花を咲かせ、引照の香りをつけ、聴衆を感心させ婦人を喜ばせるものとなさなければならない。彼は優雅な口調とか凝《こ》った趣味とか精練された文体などという、田舎にとってはまだごく新しいくだらないものをたくさん持っている。彼はドリーユ一派の悲壮詩人らとほとんど同じほど適宜な言葉をきらう。彼が事物をその本来の名前で呼ぶ気づかいはない。ばかなこと! むき出しにすればいやになるような観念をすべて、彼はすっかり付加形容の言葉で仮装させる。サンソン氏をも見栄《みば》えよくする。肉切り庖丁を紗の布で包む。跳ね板に色をぼかす。赤い籠を婉曲な言いかたでごまかす。それが何のことだかもうわからないほどになる。穏やかな上品なものとなる。彼が夜分書斎で、六週間後には一つの死刑台を建てさせるべき長広舌をゆっくりとできるかぎり推敲しているところを、想像してみるがいい。法典のもっとも痛ましい箇条に一被告の頭をはめこもうとして汗水流している彼を、眼前に描きだしてみるがいい。粗製の法律で一人のみじめな男の首を鋸挽《のこぎりび》きしている
前へ 次へ
全43ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング