フ時間を待つ室へ、彼のほうはビセートルへ。彼は憲兵らの護送隊のまんなかに笑いながらつっ立って、彼らに言っていた。
「ほんとに、まちげえちゃいけませんぜ。私たちは、旦那と私は、上っ張りを取り換えたんだ。私をかわりに連れてっちゃいけませんぜ。まったく、そいつあ困る。もうたばこの代ができたんだからな!」
二四
あの老背徳漢、彼は私のフロックを奪い取った。というのは、私はそれをくれてやったのではなかったから。そして彼は私に、このぼろを、自分のけがらわしい上衣を残していった。私はこれからどんな様子に見えるだろう?
私が彼にフロックを渡したのは、無頓着《むとんちゃく》からでも慈悲心からでもなかった。いや、彼が私よりも強かったからだ。もし拒んだら、私はあの太い拳《こぶし》でなぐられたろう。
そうだ、悲しいかな、私は悪い感情でいっぱいになっていた。あの古泥棒のやつを、この手でしめ殺すことができたら、この足で踏みつぶすことができたら、とそう思ったのだ。
私は憤激と苦々しさとで胸がいっぱいになる気がする。苦汁の袋がはち切れたような気持だ。死はいかに人を邪悪にすることか。
二五
私は一つの監房に連れこまれた。そこには四方の壁があるばかりだった。もとより、窓には多くの鉄棒がはまっており、扉に多くの閂がかかっているのは、いうまでもないことである。
私はテーブルと椅子と物を書くに必要なものとを求めた。それはみな持ってこられた。
次に私は寝床を一つ求めた。看守はびっくりした目つきで私を見た。「何になるんだ?」というような目つきだった。
それでも、彼らは片隅に十字寝台を一つ広げてくれた。しかしそれと同時に、私の室[#「私の室」に傍点]と彼らがいってる監房のなかに、憲兵が一人やってきて腰をすえた。私がふとんの布で首をくくりはすまいかと彼らは気づかったものらしい。
二六
十時だ。
おお私のかわいそうな小さな娘よ! これから六時間、そしたら私は死ぬんだ。私はあるけがらわしいものとなって、医学校の冷たいテーブルの上に投げ出されるだろう。一方では頭の型を取られ、他方では胴体が解剖されるだろう。そうした残りは棺にいっぱいつめこまれるだろう。そしてすべてがクラマールの墓地に行ってしまうだろう。
お前の父を、彼らはそういうふうにしようとし
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