B私の周囲はすべて監獄である。あらゆる物の形に監獄がひそんでいる、人間の形にも、鉄門や閂の形にも。この壁は石の監獄であり、この扉は木の監獄であり、あの看守らは肉と骨との監獄である。監獄は一種の恐ろしい完全な不可分な生物であって、なかば建物でありなかば人間である。私はそれの虜《とりこ》となっている。それは私を翼でおおい、あらゆる襞《ひだ》で抱きしめる。その花崗岩《かこうがん》の壁に私を閉じこめ、その鉄の錠の下に私を幽閉し、その看守の目で私を監視する。
 ああみじめにも、私はどうなるのであろう? どうされるのであろう?

       二一

 今はもう私は平静である。万事終った、すっかり終った。典獄が訪れてきたため恐ろしい不安におちいったが、もうそれからも出てしまった。うちあけて言えば、前には私はまだ希望をいだいていた。――今や、ありがたいことには、もう何の希望もなくなった。
 次のようなことがおこったのである。
 六時半が鳴ってる時に――いや、六時十五分だった――私の監房の扉はまた開かれた。褐色のフロックを着た白髪の老人がはいってきた。老人はフロックの前をすこし開いた。法衣と胸飾りとを私は見てとった。老人は司祭だった。
 その司祭は監獄の教誨師《きょうかいし》ではなかった。不吉なことだった。
 彼は好意ある微笑をうかべて私と向かいあって座った。それから頭を振って、目を天のほうへ、すなわち監房の天井のほうへあげた。私はその意を悟った。
「用意はしていますか。」と彼は私に言った。
 私は弱い声で答えた。
「用意はしていませんが、覚悟はしています。」
 それでも、私の視線は乱れ、冷たい汗が一度に全身から流れ、こめかみのあたりが脹《ふく》れあがる気がし、ひどい耳鳴りがした。
 私が眠ったように椅子の上にぐらついているあいだ、善良な老人は口をきいていた。少なくとも口をきいてるように私には思えた。その唇がふるえその手が動きその目が光ってるのを、私は見たように覚えている。
 扉は再度開かれた。その閂の音で、私はぼうぜんとしていたのから我にかえり、老人は話をやめた。黒い服をつけた相当な人が、典獄を従えてやってきて、私にていねいに会釈をした。その顔は、葬儀係りの役人めいたある公式の悲哀を帯びていた。彼は手に一巻の紙を持っていた。
「私は、」と彼は慇懃《いんぎん》な微笑をうかべて私に言
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