。かかる人も普通の者と同じようにして暮らしている。彼のうちに無数の歯を持ってる恐ろしい苦悶が寄生し、みじめなる彼のうちに生活し、彼の生命を奪いつつあることは、だれからも知られない。その男が一つの深淵《しんえん》であることは、だれからも知られない。その淵《ふち》の水は停滞しているが、きわめて深い。時々、理由のわからぬ波が表面に現われてくる。不思議なうねりができ、次に消えうせ、次にまた現われる。底から泡《あわ》が立ちのぼってきては、消えてゆく。何でもないことのようであるが、実は恐ろしいことである。それは人に知られぬ獣の吐く息である。
ある種の妙な習慣、たとえば、他の人が帰る頃にやってくるとか、他の人が前に出てる間うしろに隠れてるとか、壁色のマントをつけるとでも言い得るような態度をあらゆる場合に取るとか、寂しい道を選ぶとか、人のいない街路を好むとか、少しも会話の仲間入りをしないとか、人込みやにぎわいを避けるとか、のんきそうにして貧乏な暮らしをするとか、金があるのにいつも鍵《かぎ》をポケットに入れ蝋燭《ろうそく》を門番の所に預けておくとか、潜門《くぐりもん》から出入りするとか、裏の階段から上
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