ったものだ。すべからく互いに愛し合うべし。もし愛し合うことがなかったならば、春があったとて何の役に立つかわしにはわからない。そうなったらわしはむしろ神に願って、神がわれわれに示してくれる美しいものを皆寄せ集め、それをわれわれから取り戻し、花や小鳥やきれいな娘を、再びその箱に閉じ込めてもらいたいくらいだ。子供たちよ、この好々爺《こうこうや》の祝福を受けてくれ。」
その一晩の饗宴《きょうえん》は、にぎやかで快活で楽しいものだった。一座を支配する祖父の上きげんさは、すべてのものの基調となり、各人はほとんど百歳に近い老人のへだてない態度に調子を合わしていた。舞踏も少し行なわれ、また盛んに談笑された。甘えっ児の婚礼だった。高砂《たかさご》の爺《じい》さんを招いてもいいほどだった。それにまた、高砂の爺さんはジルノルマン老人のうちに含まれていた。
かくて大騒ぎをした後に、静寂《せいじゃく》が落ちてきた。
新夫婦は退いていった。
十二時少し前に、ジルノルマン家は寺院のようにひっそりとなった。
ここでわれわれは筆を止めよう。結婚の夜の入り口には、ひとりの天使が立っていて、ほほえみながら口に指を
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