。婚礼の行列はフィーユ・デュ・カルヴェール街を出るとすぐに、マドレーヌとバスティーユの間を往来してる絶え間のない長い馬車の行列の中にはいり込んだ。
 仮装の人々は大通りにいっぱいになっていた。時々雨が降ったけれども、パイヤスやパンタロンやジルなどという道化者らはそれに臆《おく》しもしなかった。その一八三三年の冬の上きげんさのうちにパリーはヴェニスの町のようになっていた。今日ではもうそういう謝肉祭末日は見られない。今日存在しているものは皆広い意味の謝肉祭であって、本当の謝肉祭はもはやなくなっている。
 横町は通行人でいっぱいになっており、人家の窓は好奇な者でいっぱいになっていた。劇場の回廊の上にある平屋根には見物人が立ち並んでいた。仮装行列のほかにまた、謝肉祭末日の特徴たるあらゆる馬車の行列が見られた。ちょうどロンシャンにおけるがように、辻馬車《つじばしゃ》、市民馬車、逍遙馬車《しょうようばしゃ》、幌小馬車《ほろこばしゃ》、二輪馬車、などが警察の規則で互いに一定の距離を保ち、あたかもレールにはめ込まれたようにして、整然と進んでいた。それらの馬車の中にある者はだれでも、見物人であると同時に
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