野を肥《こや》すならば、確かに成功をもたらすだろう。もしわれわれの黄金が肥料であるとするならば、逆に、われわれの出す肥料は黄金である。
 この肥料の黄金を人はどうしているか? 深淵《しんえん》のうちに掃きすてているのである。
 多くの船隊は莫大《ばくだい》な費用をかけて、海燕やペンギンの糞《ふん》を採りに、南極地方へ送り出される。しかるに手もとにある無限の資料は海に捨てられている。世間が失っている人間や動物から出るあらゆる肥料を、水に投じないで土地に与えるならば、それは世界を養うに足りるであろう。
 標石のすみに積まれてる不潔物、夜の街路を通りゆく泥濘《でいねい》の箱車、塵芥《ごみ》捨て場のきたない樽《たる》、鋪石《しきいし》に隠されてる地下の臭い汚泥《おでい》の流れ、それらは何であるか? 花咲く牧場であり、緑の草であり、百里香や麝香草《じゃこうそう》や鼠尾草《たむらそう》であり、小鳥であり、家畜であり、夕方満足の声を立てる大きな牛であり、かおり高い秣《まぐさ》であり、金色の麦であり、食卓の上のパンであり、人の血管を流るるあたたかい血液であり、健康であり、喜悦であり、生命である。地にあ
前へ 次へ
全618ページ中180ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング