るが、その当時は、マダム街やアンフェール街などのセーヌ川に沿ったある家には、リュクサンブールの園の鍵《かぎ》をそなえることが許されていて、借家人らは、鉄門が閉ざされた時でも自由に出入りし得られた。この親子はきっとそういう家の人であったに違いない。
 ふたりの貧しい子供はその「紳士」がやって来るのを見て、前よりもなお多少身を潜めた。
 それはひとりの中流市民であった。以前にマリユスがやはりその池のそばで、「過度を慎む」ようにと息子に言ってきかしてる一市民の言葉を、恋の熱に浮かされながら耳にしたことがあったが、あるいはそれと同じ人だったかも知れない。その様子は親切と高慢とを同時に示していて、その口はいつも開いてほほえんでいた。その機械的な微笑は、頤《あご》が張りすぎてるのに皮膚が少なすぎるためにできるのであって、心を示すというよりむしろ歯を示してるだけだった。子供はまだ食い終えないでいるかじりかけの菓子パンを持ったまま、もう腹いっぱいになってるような様子だった。暴動があるために子供の方は国民兵服をつけていたが、父親は用心のために平服のままだった。
 父と子とは二羽の白鳥が浮かんでる池の縁に
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