にあって、われわれ皆の者を見られ、大きな星の間にあって自分の仕業《しわざ》を知っていられる。私はもう逝《い》ってしまう。ふたりとも、常によく愛し合いなさい。世の中には、愛し合うということよりほかにはほとんど何もない。そして時々は、ここで死んだあわれな老人の事を考えて下さい。おおコゼットや、この頃お前に会わなかったといっても、それは私の罪ではない。そのために私はどんなに苦しんだろう。私はよくお前が住んでいる街路の角《かど》まで出かけて行った。私が通るのを見た人たちは、きっと変に思ったに違いない。私は気ちがいのようになっていた。ある時などは帽子もかぶらないで出かけて行ったものだ。おお私のふたり、私はもうこれで目もはっきり見えない。まだ言いたいこともたくさんあるが、もうそれはどうでもよい。ただ私のことを少し考えておくれ。お前たちは祝福された人たちだ。私はもう自分で自分がよくわからない。光が見える。もっと近くにおいで。私は楽しく死ねる。お前たちのかわいい頭をかして、その上にこの手を置かして下さい。」
 コゼットとマリユスとは、そこにひざまずき、我を忘れ、涙にむせび、ジャン・ヴァルジャンの両手に各々すがりついた。そのおごそかな手はもはや動かなかった。
 彼はあおむけに倒れた。二つの燭台《しょくだい》から来る光が彼を照らしていた。その白い顔は天の方をながめ、その両手はコゼットとマリユスとの脣《くち》づけのままになっていた。彼は死んでいた。
 夜は星もなく、深い暗さだった。必ずやその影の中には、ある広大なる天使が、魂を待ちながら翼をひろげて立っていたであろう。

     六 草は隠し雨は消し去る

 ペール・ラシェーズの墓地の、共同埋葬所のほとり、その墳墓の都のりっぱな一郭から遠く離れ、永遠の面前に死の醜い様式をひろげて見せている種々工夫を凝らされた石碑の、立ち並んでる所から遠く離れ、寂しい片すみの、古い壁の傍《そば》、旋花《ひるがお》のからんだ一本の大きな水松《いちい》の下、茅草《かやくさ》や苔《こけ》のはえている中に、一基の石がある。その石もまた、他の石と同じく、長い年月の傷害や苔や黴《かび》や鳥の糞《ふん》などを免れてはいない。水のために緑となり、空気のために黒くなっている。近くには小道もなく、草が高く茂っていてすぐに足をぬらすので、その方へ踏み込んでみようとする人もない
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