は今にまだ支払われていないこと、それに彼は屈辱を感じていた。そしてまた、テナルディエに対して複雑な精神状態の中にありながら彼は、大佐がかかる悪漢に救われた不幸について、返報してやる所がなければならないように考えられた。しかしそれはとにかく、彼は満足であった。今や、かかる賤《いや》しい債権者から大佐の影を解き放してやる時がきたのだった。負債の牢獄《ろうごく》から父の記憶を引きぬいてしまう時がきたのだった。
 そういう義務のほかに、彼にはも一つなすべきことがあった。もしできるならばコゼットの財産の出所を明らかにすることだった。今ちょうどその機会がきたように思われた。テナルディエはおそらく何か知ってるに違いなかった。この男を底まで探りつくしたら何かの役に立つかも知れなかった。で彼はまずそれから始めた。
 テナルディエはその「いい代物《しろもの》」を内隠しにしまい込んで、ほとんど媚《こ》びるようにおとなしくマリユスをながめていた。
 マリユスは沈黙を破った。
「テナルディエ、僕は君の名前を言ってやった。そして今また、君のいわゆる秘密、君が僕に知らせようと思ってきたものを、僕から言ってもらいたいのか? 僕もいろいろ知ってることがある。君よりもくわしく知ってるかも知れない。ジャン・ヴァルジャンは、君が言うとおり、人殺しで盗人だ。マドレーヌ氏という富有な工場主を破滅さしてその金を盗んだから、盗人である。警官ジャヴェルを殺害したから、人殺しである。」
「何だかよくわかりかねますが、男爵。」とテナルディエは言った。
「ではよくわからしてあげよう。聞きなさい。一八二二年ごろ、パ・ド・カレー郡に、ひとりの男がいた。彼は以前少しく法律に問われたことのある者だったが、マドレーヌ氏という名前で身を立て名誉を回復していた。まったく一個の正しい人間となっていた。そしてある工業で、黒ガラス玉の製造で、全市を繁昌さした。自分の財産もできたが、それは第二の問題で、言わば偶然にできたのである。それから彼は貧しい人たちの養い親となった。病院を建て学校を開き、病人を見舞い、娘には嫁入じたくをこしらえてやり、寡婦《やもめ》には暮らしを助けてやり、孤児は引き取って育ててやった。ほとんどその地方の守り神だった。彼は勲章を辞退したが、ついに市長に推された。ところがひとりの放免囚徒が、その人の旧悪の秘密を知っていて、そ
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