す。」「何を?」「パリーの下水道にはいってみようと申します。」
その男は実在の人物で、ブリュヌゾーと言う名前であった。
四 世に知られざる事がら
その探険はやがて行なわれた。恐るべき戦陣だった、疫病と毒ガスとに対する暗黒中の戦いだった、同時にまた発見の航海だった。その探険隊のうちでまだ生き残ってるひとり、当時ごく若い怜悧《れいり》な労働者だったひとりが、公文書の文体に適せぬので警視総監への報告中にブリュヌゾーが省略しなければならなかった不思議な事実を、今から数年前まで人に語ってきかしていた。当時の消毒方法はきわめて初歩の程度だった。ブリュヌゾーが地下の網目の最初の支脈を越すか越さないうちに、二十人の一隊のうち八人の者はもう先へ進むことを拒んだ。仕事は複雑で、探険とともに浚渫《しゅんせつ》の役をも兼ねていた。潔《きよ》めながらまた同時に種々の測量をしなければならなかった。すなわち、水の入り口を調べ、鉄格子《てつごうし》および穴を数え、支脈をきわめ、分岐点の水流を見、種々のたまりに関する区画を見て取り、主要水路に続いてる小水路を探り、各|隧道《すいどう》の要石《かなめいし》の下の高さ、穹窿《きゅうりゅう》の彎曲部《わんきょくぶ》と底部とにおける広さ、などを測定し、終わりに、各水口と直角に水面線を、底部と街路の地面と両方からの距離で定めるのであった。前進は遅々として困難だった。下降用の梯子《はしご》が底の泥中《でいちゅう》に三尺も没することは珍しくなかった。角灯はガスのためによく燃えなかった。気絶した者を時々運び出さなければならなかった。ある所は絶壁のようになっていた。地面はくずれ、石畳は落ち、下水道はすたれ井戸のようになっていた。堅い足場は得られなかった。ひとりの者が突然沈み込み、それを引き上げるのも辛うじてだった。化学者フールクロアの注意に従って、十分に潔めた場所には樹脂に浸した麻屑《あさくず》をいっぱいつめた大きな籠《かご》に火をともしていった。壁には所々、腫物《はれもの》とも言えるような妙な形の菌様《きのこよう》のものが、一面に生じていた。呼吸もできないほどのその場所では、石までが病気になってるかと思われた。
ブリュヌゾーはその探険において、上《かみ》から下《しも》へと進んでいった。グラン・ユルルールの二つの水路が分かれてる所で、彼はつき出た石
前へ
次へ
全309ページ中101ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング