sやかんあたま》と同じ年齢《とし》かと思うと僕は屈辱を感ずるんだ。もとより僕は批評はする、しかし侮辱はしない。世界はありのままの世界だ。僕は今、何ら悪意をもって語るのではない。自己の良心の荷を軽くせんがために語るのではない。永遠の父なる神よ、わが深き尊敬を受け入れよ。ああ、オリンポスの諸聖者よりまた天国の諸神より、僕はパリーっ児に作られてる者ではない。換言すれば、二枚の羽子板の間の羽子《はね》のように、遊民と暴民との間を常に行ききするように作られてる者ではない。貞節の士の夢のごとき淫逸《いんいつ》美妙なエジプトの舞踏を東方の蓮葉女《はすっぱおんな》らがやるのを、終日ながめて暮らすトルコ人のように僕は作られてるのだ。あるいは肥沃《ひよく》なボースの農民のように、あるいは淑女にとり巻かれるヴェニスの貴人のように、あるいはまた、兵士の半ばをドイツ連邦に貸し与えて、暇な時間をその垣根すなわち国境の上で靴足袋《くつした》をかわかすのに使うあのドイツの小侯のように、僕は作られてるのだ。そういう宿命に僕は生まれたのだ。それだ、僕はトルコ人と言った。それを取り消しはしない。トルコ人と言えば普通悪くばか
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