}の難、弁髪党の難、ゼユの仲間の難、腕章騎士の難などは皆暴動である。ヴァンデの乱はカトリック派の大暴動である。
権利が行動してる音は、おのずからそれと見分けられるものであり、混乱せる群集の震えより常に出《い》ずるものではない。世には狂愚なる憤怒があり、破鐘がある。あらゆる警鐘は皆青銅の音を出すものではない。熱情と無知との動揺は進歩の振動とは異なる。蜂起《ほうき》するもよし、しかし生長せんがためのものであれ。いずれの方向へ行かんとするかを自ら指示せよ。反乱は皆前方へ向かって進むものに限る。その他の蜂起《ほうき》は悪である。暴力的なあらゆる後退は皆暴動である。後退は人類に対する暴行である。反乱は真理の発作的激怒である。反乱が動かす舗石《しきいし》は権利のひらめきをほとばしらす。しかしそれらの舗石は暴動に向かっては泥《どろ》をしか与えない。ダントンがルイ十六世に反抗するのは反乱であり、エベールがダントンに反抗するのは暴動である。
それゆえに、ラファイエットの言ったごとく、反乱は至当の場合には最も神聖なる義務となり得るが、暴動は最も痛むべき不法行為となり得る。
また両者の間には、熱の強度
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