テナルディエの女房は、末のふたりの児を、まだ年もゆかぬごく小さな時分に、妙な好機会で厄介払《やっかいばら》いをしてしまった。
厄介払いとはそれにちょうど適当な言葉である。この女のうちにははんぱな天性しかなかった。そういう現象の実例はいくらもある。ラ・モート・ウーダンクール元帥夫人のように、テナルディエの女房はただその女の児に対してだけ母親だった。彼女の母性はそこ限りだった。人類に対する彼女の憎悪《ぞうお》は、まず自分の男の児から始まっていた。男の児に対する悪意はすこぶる峻烈《しゅんれつ》で、彼女の心はそこに恐ろしい断崖《だんがい》を作っていた。読者が前に見たとおり、彼女は既に長男を憎んでいたが、他のふたりをもまたのろっていた。なぜかと言えば、ただきらいだからだった。最も恐るべき動機であり、最もどうにもできない理由だった、すなわちただきらいだから。「ぎゃあぎゃあ泣き立てる子供の厄介物《やっかいもの》なんかはごめんだ、」とこの母親は言っていた。
テナルディエ夫婦が、末のふたりの児をどうして厄介払いしたか、しかもどうしてそれから利益まで得たか、それをちょっと説明しておこう。
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