やりした目を上げて、何か消えうせたものをさがすようだった。
「いつもよくここにきた若い人よ。」
 そのうちにマブーフ氏は記憶の中をさがし回った。
「あゝなるほど……、」と彼は叫んだ、「そのことなら知っている。お待ちなさい、マリユス君と……男爵マリユス・ポンメルシー、うむ、今あそこに……いやあそこにはもういない……ああこれは、私にはわからない。」
 そう言いながら彼は、身をかがめて石楠《しゃくなげ》の枝を直し、なお続けて言った。
「やあ、ただ今思い出した。あの人はたびたび大通りを通って、グラシエールの方へ行く。クルールバルブ街。雲雀《ひばり》の野。あすこへ行ってごらんなさい、すぐに会えます。」
 マブーフ氏が身を起こした時には、そこにはもうだれもいなかった。娘の姿は消えていた。
 彼は本当に少し気味悪くなった。
「まったく、」と彼は考えた、「庭に水がまいてなかったら、魔物だとも思うところだ。」
 それから一時間ばかりして床にはいった時、そのことがまた彼の頭に浮かんだ。そして眠りに入りながら、ちょうど海を渡るために魚に姿を変えるという伝説の鳥のように、人の考えが眠りの海を渡るためにしだいに
前へ 次へ
全722ページ中111ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング