闔vわれてるが、僕にはその理由がわからない。マホメには善良な点がある。天女の宮居《みやい》や宦女《かんじょ》の楽園を発明した者に敬意を表すべしである。牝鶏小屋《めんどりごや》で飾られてる唯一の宗教たるマホメット教に、敬意を表しようではないか。この点において僕は酒党の味方だ。世は大なる愚蒙《ぐもう》にすぎず、夏の盛り、緑の月に、刈られた秣《まぐさ》の大なる一皿の茶をかぎに腕に女を擁して野へ行き得る時に、あのばか者らは、互いに争いなぐり合い殺し合おうとしている。実際人間はあまりばかげたことをやりすぎる。先刻僕はある古物商の店の一つのこわれた古龕燈《ふるがんどう》を見て、ふと考えさせられたのだ、まさに人類を照らしてやるべき時であると。そうだ僕はまた不愉快になった。一つの牡蠣《かき》と横にはってる革命とを飲み込んだからだ。僕はまた悲しくなる。おお実にたまらない古ぼけた世の中だ。人は苦しみもがき、おのれをすて、操を売り、自殺し、そしてそれになれきっている。」
 そしてグランテールは、この雄弁の発作の後、それにふさわしい咳《せき》の発作に襲われた。
「革命と言えば、」とジョリーが言った、「バリユス([#ここから割り注]訳者注 鼻がつまっているためにマリユスのことをこう発音したのである[#ここで割り注終わり])は夢中になってるというじゃないか。」
「相手はだれだかわかってるか。」とレーグルは尋ねた。
「ばからん。」
「わからない?」
「ばからんというんだ。」
「マリユスの色事か!」とグランテールは叫んだ。「僕にはここにいてちゃんとわかってる。あいつは霧だから、霞《かすみ》のような女を見つけたに違いない。マリユスは詩人の仲間だ。詩人と言えば狂人だ。アポロンは狂人なりだ[#「アポロンは狂人なりだ」に傍点]。マリユスと、その相手のマリーかマリアかマリエットかマリオンか、とにかくふたりはおかしな一対に違いない。どんな具合か僕にはよくわかる、接吻《せっぷん》を忘れた有頂天だ。無限のうちで抱擁する地上の貞節だ。官能を有する魂だ。彼らは星の中でいっしょに寝ているんだ。」
 グランテールは二本目の壜に手をつけた。そしてたぶん二回目の冗弁に取りかかろうとしたが、その時新たな顔が階段の所の四角な穴から現われた。十歳にも満たない子供で、ぼろをまとい、ごく背が低く、色が黄色く、動物面をし、目が鋭く、髪の毛をぼうぼうとさし、雨にぬれ、それで満足げな様子をしていた。
 少年は明らかに彼ら三人のだれをも知らなかったが、臆面もなくじろじろ見分けて、レーグル・ド・モーに言葉をかけた。
「あなたはボシュエさんですか。」と彼は尋ねた。
「それは僕の綽名《あだな》だ。」とレーグルは答えた。「何か用があるのか。」
「こうなんです。大通りで背の高い金髪の人が、君はユシュルー上《かみ》さんを知ってるかって私に言いました。知ってる、シャンヴルリー街の古手《ふるて》の後家さんでしょう、と答えると、こう言ったんです。『そこへ行ってくれ、ボシュエという人がそこにいるから、A――B――Cと僕が言ったと伝えてくれ。』だがそれだけのことだから、あなたをからかったんでしょうね。そして私は十スーもらいましたよ。」
「ジョリー、十スー貸してくれ。」とレーグルは言った。そしてグランテールの方を向いた。「グランテール、君も十スー貸してくれ。」
 それで二十スー集めて、レーグルはそれを少年に与えた。
「ありがとう。」と子供は言った。
「お前の名は何と言うんだ。」とレーグルは尋ねた。
「ナヴェといってガヴローシュの友だちです。」
「俺《おれ》たちといっしょにここにいるがいい。」とレーグルは言った。
「俺たちといっしょに食っていけ。」とグランテールは言った。
 少年は答えた。
「そうはいきません。私は行列にはいってるんです。ポリニャックを打ち倒せ[#「ポリニャックを打ち倒せ」に傍点]をどなる役目を持ってるんです。」
 彼はできるだけ丁寧な挨拶《あいさつ》をして後ろに長く足を引きずり、そして立ち去った。
 少年が出てゆくと、グランテールは口を開いた。
「あいつは生粋《きっすい》の浮浪少年だ。浮浪少年の間にも多くの種類がある。公証人の浮浪少年を使丁と言い、料理人のを下働《したばたらき》と言い、パン屋のを丁稚《でっち》と言い、従僕のを小使いと言い、水夫のを見習いと言い、兵士のを鼓手と言い、画家のを弟子《でし》と言い、商人のを小僧と言い、廷臣のを扈従《こじゅう》と言い、国王のを皇太子と言い、神のを神童というんだ。」
 その間レーグルは考え込んでいた。彼は半ば口の中で言った。
「A――B――C、すなわちラマルクの葬式と。」
「背の高い金髪の男は、」とグランテールが言った。「アンジョーラだ。君に知らしてよこしたんだ。」
「行っ
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