黶A追いまくられた青年らは棺車を引きオーステルリッツ橋を駆けぬけて市の守備兵を襲い、重騎兵は駆けつけ竜騎兵は薙《な》ぎ立て、群集は四方に散乱し、戦の風説はパリーのすみずみまでひろがり、人々は「武器を取れ!」と叫び、走り、つまずき、逃げ、あるいは抵抗した。風が火を散らすように、憤激の念は暴動を八方にひろげていった。
四 沸騰
およそ暴動の最初の蜂起《ほうき》ほど異常なものはない。すべてが各所で同時に破裂する。それは予期されていたことであるか? しかり。それは前もって準備されていたことであるか? 否。それはどこから起こってくるか? 街路の舗石《しきいし》からである。それはどこから落ちてくるか? 雲からである。ある所では反乱はあらかじめ計画された性質を帯び、ある所ではとっさに起こった性質を帯びる。だれということなくそこに居合わした男が、群集の流れを我が物にして望みどおりにそれを導く。その発端は、一種の恐るべき快活さが交じった驚駭《きょうがい》のみである。初めはただ騒擾《そうじょう》であり、商店は閉ざされ、商品の陳列棚は姿を消す。次には時々銃声が聞こえ、人々は逃げ出し、家の正門は銃床尾で乱打される。人家の中庭では女中らがおもしろがって、「騒動がもち上がるのよ[#「騒動がもち上がるのよ」に傍点]!」という声が聞こえる。
十四、五分とたたないうちに、パリーの各所でほとんど同時に起こったことは、おおよそ次のようなものだった。
サント・クロア・ド・ラ・ブルトンヌリー街では、髯《ひげ》をはやし髪の毛を長くした二十人ばかりの青年が、ある喫煙珈琲店《エスタミネ》にはいり込み、やがて間もなく出てきたところを見ると、喪紗《もしゃ》のついた横の三色旗を一つ押し立て、その先頭には武装した三人の男が、ひとりはサーベルを持ちひとりは小銃を持ちひとりは槍《やり》を持って進んでいた。
ノナン・ディエール街では、腹がでっぷりして、声が朗らかで、頭が禿《は》げ、額が高く、黒い頤鬚《あごひげ》をはやし、なでつけることのできない荒い口髭《くちひげ》をはやしてる、相当な服装をしたひとりの市民が、通行人に公然と弾薬を配っていた。
サン・ピエール・モンマルトル街では、腕をあらわにした数名の男が黒い旗を持ち回っていた。その上には白い文字が読まれた、「共和かしからずんば死[#「共和かしからずんば死」に傍点]。」ジューヌール街、ガドラン街、モントルグイュ街、マンダル街などには、旗を打ち振ってる群れが現われた。旗には金文字で数字づきの区隊[#「区隊」に傍点]という語が見えていた。それらの旗の一つは、ほとんど赤と青ばかりで、白はその間に小さく見えないくらいにはいってるだけだった([#ここから割り注]訳者注 三色旗の白は王家の章、赤と青はパリー市の章[#ここで割り注終わり])。
サン・マルタン大通りの兵器廠《へいきしょう》は略奪され、次にボーブール街とミシェル・ル・コント街とタンプル街とで三軒の武器商店が略奪された。数分間のうちに、たいてい皆二連発の二百三十の小銃と、六十四のサーベルと、八十三のピストルを、無数の群集が奪って持ち出した。なるべく多くの者に武装させるため、ある者は銃だけを取り、ある者は銃の剣だけを取った。
グレーヴ河岸と向かい合った所では、火繩銃《ひなわじゅう》を持った青年らが、女ばかりの家に陣取って発火した。そのひとりは燧金銃《ひうちがねじゅう》を持っていた。彼らは呼鈴《ベル》を鳴らし、家の中にはいり、それから弾薬を作りはじめた。女らの一人はこう話した。「私は弾薬とはどんなものだか知らなかったのですが[#「私は弾薬とはどんなものだか知らなかったのですが」に傍点]、夫がそれを教えてくれました[#「夫がそれを教えてくれました」に傍点]。」
ヴィエイユ・オードリエット街では、一群の者がある古物商の店に闖入《ちんにゅう》し、トルコの刃や武器を奪った。
銃殺された石工の死体が、ペルル街に横たわっていた。
それからまた、セーヌの右岸左岸、河岸通り、大通り、ラタン街区、市場《いちば》町などには、労働者や学生や区隊の者など息を切らしてる人々が、宣言書を読み、「武器を取れ!」と叫び、街燈をこわし、馬車の馬を解き放し、街路の舗石《しきいし》をめくり、人家の戸を打ち破り、樹木を根こぎにし、窖《あなぐら》の中をさがし回り、樽《たる》をころがし舗石や漆喰《しっくい》や家具や板などを積み重ねて、防寨《ぼうさい》を作っていた。
人々は市民にも助力を強請した。また女ばかりの家にはいり込み、不在の夫のサーベルや銃を奪い、白墨でその戸口に、「武器徴発済[#「武器徴発済」に傍点]」と書きつけた。ある者は銃とサーベルの受領証に「名前」を署名し、「明日区役所に取りにこい[#「明日
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