、王位に上った君主のうちの最上なるもののひとりとなるであろう。
 ところで、彼の価値を落とすものは何であるか? 王位である。しかしルイ・フィリップより王を差し引けば、彼は一個の人間となる。そしてその人間は善良である。時としては嘆賞すべきまでに善良である。しばしば、重大な心痛のうちに、大陸の各外交術数と戦った一日の後に、彼は夕方自分の部屋に退いた。そして疲労と睡魔とに襲われながらも、彼はそこで何をなしたか? 訴訟記録を取り上げ、重罪裁判事件を検査しつつ夜を過ごした。全ヨーロッパに対抗するも一事ではあるが、しかし死刑執行人の手よりひとりの男を救い出すのはなおいっそう重大なことであると、彼は思っていたのである。彼は司法卿に執拗《しつよう》に対抗し、法の饒舌者ら[#「法の饒舌者ら」に傍点]と彼が呼んでいた検事らと絞首台について仔細《しさい》に議論を戦わした。時としてはつみ重なった訴訟記録でテーブルがいっぱいになることもあったが、彼はそれを皆一々調べた。それらのみじめなる刑人らを見捨てるのは彼の苦痛とするところだった。ある日、前に上げたのと同じ目撃者に彼は言った、「今晩自分は七人を救った[#「今晩自分は七人を救った」に傍点]。」その治世の初めの頃は、死刑はほとんど廃せられたかの観があり、絞首台を立てることは非常に王の心をそこなった。グレーヴの刑場は本家の王位とともに消滅し、市井の一グレーヴがバリエール・サン・ジャックの名の下に設けられた。「実際家ら」はせめて準定法の一絞首台の必要を感じた。そしてこの点は、中流民の狭量な方面を代表するカジミール・ペリエがその自由な方面を代表するルイ・フィリップに対して得た勝利の一つだった。ルイ・フィリップは自らベッカリア([#ここから割り注]訳者注 刑法の緩和改進を主義とするイタリーの学者[#ここで割り注終わり])の著書に注釈を施した。フィエスキーの機械([#ここから割り注]訳者注 ルイ・フィリップを倒さんとしてフィエスキーが使用した特別の機械[#ここで割り注終わり])の事件の後、彼は叫んだ。「自分が負傷だもしなかったことは実に遺憾である[#「自分が負傷だもしなかったことは実に遺憾である」に傍点]、負傷したならば特赦を施してやることができたであろうに[#「負傷したならば特赦を施してやることができたであろうに」に傍点]。」またある時、彼は大臣らの反対を風諭して、近代の最も秀《ひい》でた人物の一であるある国事犯人のことに関してしたためた。「彼の赦免は既に与えられている[#「彼の赦免は既に与えられている」に傍点]、今はただ自分がそれを手に入れることだけである[#「今はただ自分がそれを手に入れることだけである」に傍点]。」ルイ・フィリップはルイ九世のごとく温和でありアンリ四世のごとく善良であった。
 そして吾人に言わすれば、歴史中においては善良さはまれなる宝石とも言い得るがゆえに、善良であった者は偉大であった者よりもほとんどまさると言ってもさしつかえない。
 ルイ・フィリップは、ある者からは厳重に評価され、またある者からはおそらく苛酷に評価されたために、彼を知っていた一人の者([#ここから割り注]訳者注 本書の著者[#ここで割り注終わり])が、それもはや今日では幽界の身に等しい者ではあるが、歴史に対して彼のために弁護の陳述をなしに来るのは、きわめて至当なことである。その陳述はいかなる内容であろうと、何よりもまず私念なきものであることは明らかである。死者によって書かれた碑文はまじめなものである。一つの霊魂は他の霊魂を慰めることも得よう。同じ暗黒を分有することは賞讃するの権利を与えてくれるだろう。そして亡命せる二つの墓について、「これは彼に媚《こ》びている」と人に言われる懸念は、ほとんどないのである。

     四 根底の罅隙《かげき》

 本書の物語が、ルイ・フィリップの治世の初期をおおう悲壮なる暗雲の深みのうちに、まさにはいり込まんとする時に当たって、まず事情を明らかにしておかなければならないし、この王に関して多少説明を加えておく必要がある。
 ルイ・フィリップは、明らかに革命の真の目的とは異なったものであるが、しかしオルレアン公としての彼が自ら進んで手を出したこともない革命の自然の推移によって、自ら何ら直接の行動にいずることもなくごく穏やかに、王権を掌握したのであった。彼は王侯に生まれ、そして国王に選出されたと思っただけである。統治の委任権を彼は決して自ら自分に与えはしなかった。それを自ら取りはしなかった。ただ人から提出されてそれを受納したまでである。その提出は正義に反しないものでありその受納は義務に反しないものであると、確かに謬見《びゅうけん》ではあったが、とにかく確信したのである。そこに彼の善意的な所有が
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