ノしかと足をふみしめ得る者は、世にあまりない。苦悶《くもん》の限度を越える時には、最も確固たる徳操も乱されるものである。ジャン・ヴァルジャンは再び吸い取り紙を取り上げて、また新たにはっきりと事実を見た。彼は身をかがめ石のようになって、その厳乎《げんこ》たる数行の文字にじっと目を据えた。そして内心のすべてが崩壊してるかと思われるような暗雲が、彼のうちに起こってきた。
彼はその啓示を、自分の夢想でいっそう拡大しながら、外観上はいかにも恐ろしく落ち着き払って、よく調べてみた。人の落ち着きも立像のような冷酷さに達する時には、恐怖すべきありさまを呈する。
彼は自分の気づかぬうちに宿命が恐るべき歩みをなしたことを考えてみた。愚かにもすぐに打ち消してしまった前年の夏の心痛を思い起こした。そして再び深淵《しんえん》を見いだした。万事は少しも変わっていなかった。ただジャン・ヴァルジャンは、今はその縁に立ってるのではなく、その底に陥ってるのであった。
痛切な驚くべきことには、彼は自ら気づかないでそこに陥っていたのである。自分では常に太陽を見ていると思いながら、生のあらゆる光明は既に消えうせていたのである。
彼の直覚は狐疑《こぎ》しなかった。前後の事情、二、三の時日、コゼットが時おり顔を赤らめたり青くなったりしたこと、それらを彼はつなぎ合わして自ら言った、「あの男だ。」絶望の推定力は、決して的をはずさぬ魔法の弓にも等しい。彼は最初の推察よりして、既にマリユスを射とめていた。その名前は知らなかったが、その男を直ちに見いだした。彼は自分の動かし難い記憶の奥に、リュクサンブールのあの見知らぬ徘徊者《はいかいしゃ》を、恋を漁《あさ》るあのみじめなる男を、あの小説的な怠惰者、愚物、卑劣漢を、はっきりと認めた。愛情深い父親を傍《そば》に伴ってる娘のもとにきて秋波を送るということは、一つの卑劣なる行ないではないか。
再生したる彼、自分の魂のためあれほど多くの努力をなした彼、ジャン・ヴァルジャンは、事件の底にあの青年が潜んでいることを十分に見て取った後に、自分の内部をのぞいてみて、そこに一つの妖怪すなわち憎悪《ぞうお》を認めた。
大なる悲しみのうちには重圧がある。それは人を生存に対して落胆させる。かかる悲しみに入り込まれた人は、何かが自分から抜け落ちるのを感ずる。それは、青春のおりにあっては
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