ナ、いまだかつていかなる試練にも屈したことはなかった。彼は幾多の恐るべき試みに会ってきた。あらゆる不運の道をことごとく通ってきた。凶猛なる運命は、あらゆる追求と社会的迫害とをもって、彼を目ざして襲いかかってきた。しかし彼はいかなるものの前にも退かず撓《たゆ》まなかった。やむを得ざる場合にはいかなる難事をも甘んじて受けた。回復し得た犯すべからざる人権をも犠牲に供し、自由をも捨て、おのれの首をも危険にさらし、すべてを失い、すべての苦しみをなめ、しかも常に打算を排し私念を去り、時としては殉教者にも等しいと思われるくらいにおのれを空《むな》しゅうした。かくて不運のあらゆる襲撃に鍛えられた彼の本心は、永久に難攻不落なるかの観があった。しかるに今、彼の内心をのぞいてみると、それが弱っていることを認めざるを得ないのだった。
というのも、宿命の長い審問のうちにおいて彼が受けたあらゆる拷問の中で、こんどのものこそ最も恐るべきものだったからである。かつて彼はかかる激しい責め道具に掛かったことはなかった。彼は内心のあらゆる感受性が異様に痙攣《けいれん》するのを感じた。まだ知らない神経がつみ取られるのを感じた。ああ最後の試練は、否むしろ唯一の試練は、愛する者を失うということである。
あわれなる老いたるジャン・ヴァルジャンは、確かにただ普通の父と同じ愛情でコゼットを愛していた。しかし前に注意しておいたとおり、その父たる愛情のうちには生涯の孤独から来るあらゆる愛情が混じていた。彼はコゼットを、娘として愛し、母として愛し、妹として愛していた。また彼はかつて情婦を持たず妻を持たなかったので、そしてまた自然はいかなる支払い拒絶をも許さない債権者のごときものであるから、あらゆる感情のうちで最も根深いあの感情もまた、彼の他の愛情のうちに交じっていた。しかしそれはただ、漠然《ばくぜん》たるものであり、無知なるものであり、盲目的に純潔なものであり、無意識的なものであり、天国的な天使的な神聖なものであって、感情というよりもむしろ本能であり、本能というよりもむしろ、感じ難い見え難いしかも現実なる一つの牽引《けんいん》の情にすぎなかった。いわゆる恋情というものは、コゼットに対する彼の広大な愛情のうちにあっては、あたかも人跡を絶した暗黒な山岳のうちにある一筋の黄金脈のごときものであった。
上に指摘してきた心の
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