ナありながら、だれも逃げることを思わなかった。
必ずや翌日までにはすべてが決定し、勝利はいずれかの手に帰し、反乱は革命となるかあるいは暴挙に終わるかのほかはなかった。政府も一揆《いっき》も共にそれを了解し、一介の市民までもそれを感じていた。それゆえ、すべてが決せんとするその一郭の見通すべからざる暗黒のうちには、心痛の念が漂っていた。またそれゆえ、まさに覆滅が生ぜんとするこの沈黙の周囲には、いっそうの懸念が漂っていた。そしてそこに聞こゆるものは、ただ一つの響き、瀕死《ひんし》の喘《あえ》ぎに似た痛ましい響き、呪詛《じゅそ》の声に似た恐ろしい響き、すなわちサン・メーリーの警鐘の音のみだった。暗黒のうちに慟哭《どうこく》する狂乱し絶望せるその鐘の響きこそ、世に最も人を慄然《りつぜん》たらしむるものであった。
しばしば見らるるとおり、今や自然も人間がまさになさんとすることと調子を合わしてるようだった。その痛ましい両者の調和を何者も乱すものはなかった。星は姿を隠し、重々しい雲は陰鬱《いんうつ》な層をなして空の四方をおおっていた。死のごときその一郭の街路の上には暗い空がかぶさっていて、あたかもその広い墳墓の上に広大な喪布をひろげたようだった。
まだまったく政治的のみなる戦いが、既に多くの革命の事変を見たその一郭のうちに、しだいに準備されつつある間に、青春と秘密結社と学校とが主義の名において、また中流市民階級が利害の名において、互いに衝突し駆逐し争闘せんとして接近し合ってる間に、各人が足を早めて、危機の最後の決定的瞬間を喚《よ》び起こしてる間に、一方、その致命的なる一郭の外遠くに、幸福|栄耀《えいよう》なるパリーの光耀の下に隠れてるその古いみじめなるパリーの底知れぬ洞窟《どうくつ》の深みに、民衆の陰惨なる声の重々しくうなるのが聞こえていた。
それこそ恐るべきしかも聖なる声であって、獣の咆哮《ほうこう》と神の言葉とから成り、弱者をおびえさし賢者を戒め、獅子《しし》の声のごとく地から来るとともに雷電のごとく天から来るものであった。
三 最後の一端
マリユスは市場町に達していた。
そこは近傍の街路よりも、いっそう静かで暗くひっそりしていた。あたかも氷のごとき墳墓の静けさが、地からいでて空の下にひろがってるかと思われた。
けれども一条の赤い明るみが、シャンヴル
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