「なありさまで、大きな蜘蛛《くも》のような形の影を舗石《しきいし》の上に投じていた。それらの街路にはまったく人影がないでもなかった。叉銃《さじゅう》や、動いてる銃剣や、駐屯《ちゅうとん》している軍隊などが、そこに見えていた。しかし野次馬は一人もそれから先に出ていなかった。そこで交通がとだえていた。そこから群集が終わって、軍隊となっていた。
マリユスはもはや何らの希望も持たぬ意力をもってつき進んだ。ただ、呼ばれたので行かなければならなかったのである。彼はようやくにして、群集の中を通りぬけ、軍隊の露営地を横ぎり、巡邏《じゅんら》の目をかすめ、哨兵《しょうへい》の目を避けた。一つ回り道をして、ベティジー街にはいり、それから市場町の方へ進んでいった。ブールドンネー街の角《かど》まで行くと、もう街灯は一つもついていなかった。
群集の地帯を越した後、軍隊の境域を通りすぎたのだった。そして彼はある恐るべきものの中に陥ったような気がした。通行人もなく、兵士もなく、光もない。だれひとりいない。ただ寂寥《せきりょう》と沈黙と暗夜とのみである。言い知れぬ戦慄《せんりつ》が彼を襲った。一つの街路にはいり込むことは、一つの窖《あなぐら》にはいり込むがようだった。
彼はなお続けて進んでいった。
数歩行くと、だれかが彼のそばを駆けぬけた。男であったか、女であったか、または数名の者であったか、彼にはわからなかった。ただそのものは、彼のそばを通りぬけて消えうせてしまった。
ぐるぐる回ってるうちに、彼はポトリー街と思われるある小路のうちに出た。その小路の中ほどで一つの障害物に出会った。手を差し伸ばしてみると、ひっくり返ってる一つの荷車だった。足先で探ると、水たまりや泥濘《どろ》や投げ散らされ積み上げられた舗石《しきいし》などが、感ぜられた。築きかけたまま見捨てられた防寨《ぼうさい》だった。彼はその舗石をまたぎ越して、防寨の向こうに出た。それから標石とすれすれに歩き、人家の壁伝いに進んでいった。防寨から少し先に行った時、前方に何か白い物があるような気がした。近づくと一つの形になった。二頭の白馬だった。午前にボシュエが解き放した乗り合い馬車の馬で、終日街路から街路へとあてもなくさまよい、ついにそこに立ち止まり、人間が天のなすことを了解し得ないように、人間のなすことを了解し得ないで、疲れ切って気長
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