フ気に入るものだった。その後十七年間、彼はその間に起こった事変にはほとんど注意も払わず、ワーテルローを痛むの念をおごそかに守っていた。最期の時には、臨終の苦悶《くもん》のうちに、百日([#ここから割り注]訳者注 ナポレオン再挙の百日間[#ここで割り注終わり])の将校らから贈られた一本の剣を胸に抱きしめていた。ナポレオンは軍隊[#「軍隊」に傍点]という一語を発して死んだが、ラマルクは祖国[#「祖国」に傍点]という一語を発して死んだ。
 彼の死は予期されていたが、民衆からは一つの損失として恐れられ、政府からは何かの機会として恐れられていた。その死は一般の喪となった。しかしすべて悲痛なるものと同様に、喪も騒乱となることがある。それが今まさしく起こったのである。
 ラマルクの葬式の定日たる六月六日の前日とその朝、サン・タントアーヌ郭外は、葬式の行列がすぐそばを通るというので、恐るべき光景を呈した。網の目のように入り乱れたその騒々しい小路は、流言|蜚語《ひご》で満たされた。人々はできるだけの武装をした。ある指物師《さしものし》らは、「戸を破るため」に仕事台の鉤金《かきがね》を持ち出した。また編み針の先を折りその棒をとがらして短剣とした靴職人《くつしょくにん》もあった。また「攻撃」の熱に浮かされて三日間着物を着たまま寝た者もあった。ロンビエというひとりの大工は、道で仲間のひとりに会って尋ねられた。「どこへ行くんだ。」「俺《おれ》には武器がねえ。」「それで?」「仕事場にコンパスを取りに行くんだ。」「何のためだ?」「何のためだか俺にもわからねえ、」とロンビエは言った。ジャクリーヌという手回しのいい男は、労働者が通りかかるとだれかまわずに近寄って行った。「いっしょにこい。」そして葡萄酒《ぶどうしゅ》を十スーおごって言った。「お前は仕事があるか。」「いいえ。」「じゃあフィスピエールの家に行け。モントルイュ市門とシャロンヌ市門との間だ。仕事がある。」フィスピエールの家に行くと、弾薬と武器とがあった。有名なある首領らは郵便脚夫をやっていた[#「郵便脚夫をやっていた」に傍点]、すなわち人を呼び集めるために方々の家に走り回っていた。トローヌ市門のそばのバルテルミーの家や、プティー・シャポーのカペルの家では、酒飲みたちがまじめな様子で寄り集まっていた。彼らが互いに語り合う言葉が聞かれた。「ピスト
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