。その時ある物音が聞こえたので、彼は気をひかれてそこに止まっていた。
 部屋の扉《とびら》が突然開かれたのだった。
 姉娘が閾《しきい》の所に現われた。
 足には太い男の靴《くつ》をはき、靴から赤い踝《くるぶし》の所まで泥をはね上げ、身にはぼろぼろの古いマントを着ていた。一時間前マリユスが見た時はそのマントを着ていなかったが、それはおそらく彼の同情をひかんがために扉《とびら》の所に置いてきて、出しなにまた着て行ったものであろう。彼女ははいってき、後ろに扉を押し閉ざし、息を切らしてるのでちょっと立ち止まって休み、それから勝ちほこった喜悦の表情をして叫んだ。
「来るよ!」
 父は目をその方に向け、女房は顔をその方に向けたが、妹は身動きもしなかった。
「だれが?」と父は尋ねた。
「旦那《だんな》がよ。」
「あの慈善家か。」
「そうよ。」
「サン・ジャック会堂の?」
「そうよ。」
「あの爺《じい》さんか?」
「そうよ。」
「それが来るのか。」
「今あたしのあとから来るのよ。」
「確か。」
「確かよ。」
「では本当にあれが来るのか。」
「辻馬車《つじばしゃ》で来るわ。」
「辻馬車で。ロスチャイル
前へ 次へ
全512ページ中369ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング