た。まことに夢のような話ではあるが、そこであるいは彼女に会うかも知れないと思ったのである。がもとよりさがしてる女は見当たらなかった。「だがいったい、見失った女は大概ここで見つかるものだがな、」とグランテールは横を向いてつぶやいた。マリユスは仲間をそこに残して、ひとりで歩いて帰って行った。彼はすべてが懶《ものう》く、熱に浮かされ、乱れた悲しい目つきを暗夜のうちに据え、宴楽の帰りのにぎやかな連中を乗せてそばを通りすぎてゆく楽しい馬車の響きとほこりとに脅かされ、意気消沈して、頭をはっきりさせるために途上の胡桃《くるみ》の木立ちのかおりを胸深く吸い込みながら、家に帰っていった。
 彼はしだいに深く孤独の生活にはいってゆき、心乱れ気力を失い、内心の苦悶に身を投げ出し、罠《わな》にかかった狼《おおかみ》のように苦しみの中をもがき回り、姿を消した彼女を至る所にさがし求め、まったく恋のためにぼけてしまった。
 一度ある時、妙な人に出会って、彼は不思議な感に打たれた。アンヴァリード大通りのそばの小さな裏通りで、一人の男と行き会ったのである。その男は労働者のような服装をして、長い庇《ひさし》のついた無縁帽
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