く、ボナパルト党でもなく、憲法党でもなく、オルレアン党でもなく、無政府党でもなく、実に書物党であった。
 世界にはながむるに足るべきあらゆる種類の苔《こけ》や草や灌木《かんぼく》があり、ひもとくに足るべき多くの二折形や三十二折形の書物があるのに、憲法だの民主だの正権だの王政だの共和だのという児戯に類することについて、人々が互いに憎み合うということを、彼は理解することができなかった。彼は有用ならんことを心掛けていて、書物をたくわえはするが読書をもし、植物学者ではあるが園丁でもあった。彼がポンメルシー大佐を知った時、大佐が花について試みてることを彼は果実について試みてるという同感が、ふたりの間にはあった。マブーフ氏はついに、サン・ジェルマンの梨《なし》にも劣らぬ味を有する苗木の梨の果《み》を作り出すに至った。また夏の黄梅にも劣らぬ香味のある今日有名な十月の黄梅の果が生まれ出たのも、たぶん彼の工夫の一つからだったらしい。よく弥撒《ミサ》に行ったのも、信仰からというよりむしろ穏和を好むからだった。そしてまた人の顔は好きだがその声はきらいなところから、人が大勢集まって黙ってるのは会堂でしか見られ
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