というので、特に歴史を学んだ。ことにフランスのことのみを考えている若々しい夢想家らの寄り合いの中にあって、彼はフランス以外を代表していた。そして専門として、ギリシャ、ポーランド、ハンガリー、ルーマニヤ、イタリー、などのことを知っていた。彼は権利としてのような執拗《しつよう》さをもって、場合の適当不適当をかまわず、以上の国名を絶えず口にしていた。クレート島およびテッサリーにおけるトルコ、ワルソーにおけるロシヤ、ヴェニスにおけるオーストリヤ、などの暴行は彼を憤慨さした。なかんずく、一七七二年の大暴逆([#ここから割り注]訳者注 ポーランドの分割[#ここで割り注終わり])は彼を激昂《げっこう》さした。憤りの中に真実を含むほどおごそかな雄弁はない。彼はそういう雄弁を持っていた。一七七二年という汚れたる日付、裏切りによって覆滅されたるすぐれた勇敢な民衆、あの三国の罪悪、あの奇怪きわまる闇撃《やみうち》、などのことを彼はあくまでも論じていた。それは実に、その後多くのすぐれた国民を襲い、言わばその出生証書を塗抹《とまつ》したる、あの恐るべき国家的抑圧の典型となり標本となったのである。現代のあらゆる社
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