sミサ》でもあすこで聞くと、一番よく思われます。なぜかって、それは今申します。あの席から私は、長年の間、きまって二、三カ月に一度は、ひとりのりっぱな気の毒な父親がやって来るのを見たのです。その人は自分の子供を見るのにそれ以外には機会も方法もありませんでした。家庭の都合上、子供に会うことができなかったのです。でいつも子供が弥撒に連れてこられる時間を計らって、その人はやってきました。子供の方は、父親がそこにいることは夢にも知りませんでした。おそらく父親があることさえも知らなかったでしょう。罪のないものです。父親は、人に見られないようにあの柱の後ろに隠れていました。そして子供を見ては涙を流していました。その子供を大変愛していたのです。かわいそうな人です。私はそのありさまを見たのです。そしてあの場所は、私にとっては聖《きよ》い場所となりまして、いつもそこで弥撒をきくことになったのです。私は理事として当然すわり得る理事席よりも、あの席の方が好ましいのです。また私は多少その不幸な人の身分を知っています。舅《しゅうと》と金持ちの伯母《おば》と、それから親戚もあったのでしょうが、とにかくその人たちは、
前へ
次へ
全512ページ中119ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング