ャなかった。新聞は客間と一致して一つの草双紙にすぎないらしかった。若い人々もいたが、それもみな多少死にかかっていた。控え室においても、接待員はみな老耄《おいぼれ》だった。まったく過去のものとなっているそれらの人物には、やはり同じ種類の召し使いが仕えていた。それらのようすを見ると、もう長い前に生命を終えながら、なお頑固《がんこ》に墳墓と争っているかのようだった。保存する、保存、保存人、そういうのが彼らの辞書のほとんど全部の文字だった。「においがいい[#「においがいい」に傍点]」(評判がいい)ということが問題だった。実際それらの尊ぶべき群れの意見のうちには香料があった、そしてその思想にはインド草の香《かお》りがしていた。それは木乃伊《ミイラ》の世界だった。主人はいい香りをたき込まれており、従僕は剥製《はくせい》にされていた。
 亡命し零落したひとりのりっぱな老侯爵夫人は、もうひとりの侍女しか持っていなかったが、なお言い続けていた、「私の女中ども[#「私の女中ども」に傍点]」と。
 T夫人の客間のうちで人々は何をしていたか? 彼らはみな過激王党派だったのである。
 過激派《ユルトラ》である、
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