蛯フ柱に大きな梨を楽書きせんとして、背伸びをし汗を流してるのを見つけた。王は先祖のアンリ四世からうけついできた心よさをもってその少年の手助けをし、ついに梨《なし》を書いてしまって、それから彼にルイ金貨を一つ与えながら言った、「これにも梨がついているよ[#「これにも梨がついているよ」に傍点]。」また浮浪少年は喧騒《けんそう》を好むものである。過激な状態は彼を喜ばせる。彼らはまた「司祭輩」をきらう。ある日ユニヴェルシテ街で、一人の小僧がその六十九番地の家の正門に向かってあかんべーをしていた。通行人が彼に尋ねた、「この門に向かってなぜそんなことをしてるんだ?」すると彼は答えた、「司祭がここに住んでるんだ。」実際そこは、法王の特派公使の住居であった。けれども、彼らのヴォルテール主義([#ここから割り注]訳者注 反教会[#ここで割り注終わり])が何であろうと、もし歌唱の子供となれるような機会がやってくると、それを承諾することもある。そしてそういう場合には、丁重に弥撒《ミサ》の勤めに従う。それから、タンタルス([#ここから割り注]訳者注 永久の飢渇に処せられし神話中の人物[#ここで割り注終わり])のように彼らが望んでいた二つのことがある。彼らはいつもそれを望みながら永久にそれを得ないでいる。すなわち、政府を顛覆《てんぷく》することと、ズボンを仕立て直すこと。
完全なる浮浪少年は、パリーのすべての巡査を知悉《ちしつ》していて、そのひとりに出会えばすぐに名|指《ざ》すことができる。各巡査をくわしく研究している。その平常を調べ上げて、それぞれ特殊な記録をとっている。その心の中を自由に読み取っている。彼らはすらすらと滞りなく言い得る、「某は反逆人だ[#「反逆人だ」に傍点]、――某はごく意地悪だ[#「ごく意地悪だ」に傍点]、――某は偉い[#「偉い」に傍点]奴《やつ》だ[#「だ」に傍点]、――某は滑稽な奴だ[#「滑稽な奴だ」に傍点]。」(これらの、反逆人、意地悪、偉い奴、滑稽な奴、などという言葉は、彼らに言われる時は特殊な意味を有するのである)「あいつは、ポン・ヌーフ橋を自分の物とでも思ってるのか。欄干の外の縁を歩くことを世間に禁じやが[#「やが」に傍点]る。それから向こうのは、人[#「人」に傍点]の耳を引っ張る癖がある。云々《うんぬん》、云々。」
九 ゴールの古き魂
市場の児なるボクランのうちに、またボーマルシェーのうちに、この種の少年の気質があった([#ここから割り注]訳者注 二人とも著述家、次に出て来る人々も同じ[#ここで割り注終わり])。浮浪少年気質はゴール精神の一特色である。それは妥当な常識に交わると時としてそれに力を与える。あたかも葡萄酒《ぶどうしゅ》にアルコールを加えるがごときものである。また時とすると欠点ともなる。ホメロスは無駄口《むだぐち》をたたくと言えるならば、ヴォルテールは浮浪少年気質を発揮すると言うべきであろう。カミーユ・デムーランは郭外人であった。奇蹟をけなしたシャンピオンネはパリーの舗石《しきいし》から出てきた。彼はまだごく小さい時から、サン・ジャン・ド・ボーヴェー会堂やサン・テティエンヌ・デュ・モン会堂などの回廊に侵入して[#「回廊に侵入して」に傍点]いた。そして彼はサント・ジュヌヴィエーヴ会堂の聖櫃《せいひつ》を不作法に取り扱って、サン・ジャンヴィエの聖壺に命令を下していた。
パリーの浮浪少年は、敬意と皮肉と横柄さとを持っている。食を十分に与えられず胃袋が嘆いているので、がつがつした歯を持っている。また機才を持っているので、美しい目をしている。エホバの神がいるとしても、彼らは天国の階段を飛びはねて上ってゆくであろう。彼らは足蹴《あしげ》に強い。彼らはあらゆる方面に成長をなし得る。彼らは溝《どぶ》の中で遊んでいる、けれど騒動があるとすっくと立ち上がる。霰弾《さんだん》の前にもたじろがないほど豪胆である。いたずらっ児だったのが英雄となる。テバン([#ここから割り注]訳者注 偶像を廃棄して惨殺せられし古ローマの一団体[#ここで割り注終わり])の少年のように獅子《しし》の背をもなでるであろう。鼓手のバラ([#ここから割り注]訳者注 大革命の時の勇敢な少年[#ここで割り注終わり])はパリーの一浮浪少年であった。あたかも聖書の戦馬が「ヴァー!」とうなるように、彼らは「前へ!」と叫ぶ、そしてたちまちのうちに小童《こわっぱ》から巨人となる。
この泥中の少年は、また理想中の少年である。モリエールからバラに至るまでのその翼の長さを計ってみるがよい。
要するに、そして一言に概括すれば、浮浪少年とは不幸なるがゆえに嬉戯《きぎ》する一個の人物である。
十 ここにパリーあり、ここに人あり
なおすべてを概説せ
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