ランテールの向こうの角《すみ》には、ジョリーとバオレルとがドミノ遊びをやり、また恋愛の話をしていた。
「君は幸福だね、」とジョリーは言った。「君の女はいつも笑っている。」
「それがあれの悪いところなんだ。」とバオレルは答えた。「女が笑うというのはいけないものだ。そんなことをされるとだましてやりたくなる。実際、快活な女を見ると後悔するという気は起こらなくなるものだ。悲しい顔をされてると良心が出て来るからね。」
「義理を知らない奴だな。笑う女は非常にいいじゃないか。そして君たちは決してけんかをしたこともなしさ。」
「それは約束によるんだ。僕らはちょっと神聖同盟を結んで互いに国境を定め、それを越えないことにしている。寒風に吹きさらされてる方はヴォーに属し、軟風の方はジェックスに属するというわけだ。そこから平和が生まれるんだ。」
「平和、それは有り難い仕合わせだね。」
「だがね、ジョリリリリー、君はどうしてまた御令嬢とけんかばかりしてるんだ。……御令嬢と言えばわかるだろう。」
「あいつはいつもきまってふくれっ面《つら》ばかりしてるんだ。」
「だが君は、かわいいほどやせほおけた色男だね。」
「ああ!」
「僕だったらあの女をうまく扱ってやるがね。」
「言うはやすしさ。」
「行なうもまた同じだ。ムュジシェッタというんだったね。」
「そうだ。だが君、りっぱな女だぜ。非常に文学が好きで、足が小さく手が小さく、着物の着つけもいいし、まっ白で、肉がよくついていて、カルタ占女《うらない》のような目をしている。僕はすっかり打ち込んじゃった。」
「それじゃあ、ごきげんを取り、上品に振る舞い、膝《ひざ》の骨を働かせなくちゃいかんよ。ストーブの家から毛糸皮のいいズボンを買ってきたまえ。それでうまくいくよ。」
「いくらくらいだ。」とグランテールが叫んだ。
第三番目のすみでは、夢中になって詩が論ぜられていた。多神教の神話はキリスト教の神話とぶつかり合っていた。オリンポスが問題となっていたが、ジャン・プルーヴェールはロマンティシズムからその味方をしていた。ジャン・プルーヴェールは静かな時しか内気ではなかった。一度興奮しだすとすぐに爆発し、一種の快活さがその熱烈の度を強め、嬉々《きき》たると同時に叙情的になった。
「神々を悪く言いたもうな。」と彼は言った。「神々はおそらく消滅してはしない。ジュピテルは僕にとっては死んだとは思えない。神々は夢にすぎないと君らは言うのか。だが今日のような自然のうちにも、その夢が消え去った後にもまた、あらゆる偉大な多神教的神話が出て来るんだ。たとえば、城砦《じょうさい》の姿をしてるヴィニュマル山([#ここから割り注]訳者注 ピレーネー山脈の高峰[#ここで割り注終わり])は、僕にとってはなおキベーレ神の帽子なんだ。またパンの神が夜ごとにやってきて、柳の幹の空洞《くうどう》の穴を一つ一つ指でふさいで笛を吹かないとは限らない。ピスヴァーシュの滝には何かのためにイオの神がやってきてるに違いないと、僕はいつも思ったものだ。」
最後の第四すみでは、政事が論ぜられていた。人々は特許憲法を酷評していた。コンブフェールは穏やかにそれに賛成していたが、クールフェーラックは忌憚《きたん》なく攻撃の矢を放っていた。テーブルの上には折悪しく有名なトゥーケ法の一部が置いてあった。クールフェーラックはそれをつかんで打ち振り、その紙の音を自分の議論に交じえていた。
「第一に、僕は王を好まない。経済の点から言っても好ましくない。王とは寄食者だ。王を養うには費用がかかるんだ。聞きたまえ。王というものは高価なものなんだ。フランソア一世が死んだ時、フランスの公債利子は年に三万リーヴルだった。ルイ十四世が死んだ時は、配当二十八リーヴルのものが二十六億あった。それはデマレーの言によると、一七六〇年の四十五億に相当し、今日では百二十億に相当する。第二に、コンブフェールにははなはだ気の毒の至りだが、特許憲法は文明の悪い手段だ。過渡期を救う、推移を円滑にする、動揺をしずめる、立憲の擬政を行なって国民を王政から民主政に自然に転ぜしむる、そういう理屈はすべて唾棄《だき》すべきものだ。否々、偽りの光でもって民衆を啓発すべきではない。そういう憲法の窖《あなぐら》の中では、主義は萎靡《いび》し青ざめてしまう。廃退は禁物である。妥協は不可である。王が民衆に特許憲法を与えるなどとは断じていけない。すべてそういう特許憲法には卑劣な第十四条というのがある。与えんとする手の傍《かたわら》には、つかみ取らんとする爪がある。僕は断然君のいわゆる憲法を拒絶する。憲法というのは仮面だ。裏には虚偽がある。憲法を受くるには民衆は譲歩しなければならない。法とは全き法のみである。否、憲法なんかはだめだ。」
時は冬であ
前へ
次へ
全128ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング