ヲればそれ自身に、敬意を欠いている。一八一六年九月五日以後王国の高貴さが受けている待遇は、あたかも一八一四年七月八日以後帝国の高貴さが受けた待遇と同じである。彼らは鷲《わし》に対して不正であったが、吾人は百合《ゆり》の花に対して不正である。かくて人は常に酷遇すべき何かを欲するのであるか。ルイ十四世の王冠の金を去り、アンリ四世の紋章を取り除くことは、有用なことであるか。イエナ橋からNの字([#ここから割り注]訳者注 ナポレオンの頭字[#ここで割り注終わり])を消したヴォーブラン氏を吾人は嘲笑《ちょうしょう》する。しかしいったい彼は何をなさんとしたのであるか。吾人がなしてることと同じことをではないか。マレンゴーと同じくブーヴィーヌも吾人のものである。Nの字と同じく百合の花も吾人のものである。それは吾人のつぐべき遺産である。それを削除することが何のためになるか。現在の祖国と同じく過去の祖国をも否認してはいけない。何ゆえに歴史のすべてを欲してはいけないのか。何ゆえにフランスのすべてを愛してはいけないのか。」
そういうふうに正理派らは、批評されるのを喜ばずまた弁護されるのを憤っていた勤王主義を、批評しまた弁護したのである。
過激派は勤王論の第一期を画し、融合はその第二期の特質となった。熱狂に次ぐに巧妙をもってしたのである。そしてわれわれはこれをもってそのスケッチの終わりとしよう。
この物語の途中において、本書の著者は、近世史のこの不思議な一時期に出会った。そして通りすがりに一瞥《いちべつ》を与えて、今日もはや知られないその社会の奇怪な状態を少しく述べざるを得なかったのである。しかし著者は急速に、また何ら苦々《にがにが》しい嘲笑的《ちょうしょうてき》な考えもなしに、それをなすのである。思い出は、母たる祖国に関するものであるから親愛と尊敬とを起こさせ、著者をこの過去の一時期に愛着せしむる。かつまたその一小社会も、偉大さを持っていたことを言っておきたい。人はそれをほほえむことはできよう、しかしそれを軽蔑しまたは憎むことはできない。それは昔のフランスだったのである。
さて、マリユス・ポンメルシーは普通の子供と同じくいくらか勉強をした。伯母のジルノルマン嬢の手から離れた時祖父は彼を、最も純粋な古典に通ずるりっぱな教師に託した。開けかかっていた彼の若い心は、似而非貞女《えせていじょ》から腐儒の手に移った。それから彼は数年間中学校に通い、次に法律学校にはいった。彼は王党で熱狂家で謹厳であった。彼は祖父の快活と冷笑とを不快に感じてあまり好まなかった。そしてまた父のことを思うと心が暗くなった。
それに彼は、上品で寛容で誇らかで宗教的で熱誠で、冷熱あわせ有する少年だった。厳酷なるまでに気品があり、粗野なるまでに純潔であった。
四 無頼漢の死
マリユスが古典の勉強を終えたのとジルノルマン氏が社交界から退いたのとは、ほとんど同時だった。老人はサン・ジェルマン郭外とT夫人の客間とに別れを告げて、マレーのフィーユ・デュ・カルヴェール街にある家に住んだ。そして召し使いとしては、門番のほかに、マニョーンの次にきた小間使いのニコレットと、前に述べておいた息切れがしてぜいぜいいってるバスクとがいた。
一八二七年に、マリユスは十七歳に達した。ある晩外から帰って来ると、祖父は手に一通の手紙を持っていた。
「マリユス、」とジルノルマン氏は言った、「お前は明日ヴェルノンへ行くんだ。」
「どうしてですか。」とマリユスは尋ねた。
「父に会いにだ。」
マリユスは震えた。何でも期待してはいたが、ただこれだけは、いつか父に会うようになろうとは、まったく思いもかけなかった。彼にとっては、これほど意外なことは、これほど驚くべきことは、そしてまたあえて言うがこれほど不愉快なことは、何もあり得なかった。それは遠ざかろうとするものにしいて近づけられることだった。一つの苦しみのみではなかった、一つの賦役だった。
マリユスは政治的反感の理由のほかになお、いくらか気がやわらいだ時にジルノルマン氏が呼んだように猪武者《いのししむしゃ》である父は、自分を愛していないと思い込んでいた。父が彼を今のように見捨てて他人の手に任しておくのを見ても、そのことは明らかだった。自分が愛せられていないと感じて、彼もまた父を愛しはしなかった。これほどわかりきったことはない、と彼は思った。
彼はまったく呆然《ぼうぜん》として、ジルノルマン氏に訳を尋ねることもしかねた。祖父はまた言った。
「病気らしいのだ。お前に会いたいと言っている。」
そしてちょっと口をつぐんだ後に、彼は言い添えた。
「明日の朝、出かけなさい。フォンテーヌの家に、六時にたって夕方向こうに着く馬車があるはずだ。それに乗るがいい。
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