ている。人はある種のことを学んでいない。けれども、一を学ばずとも他を学びさえするならば、それも別にさしつかえはない。ただ人の心のうちに空虚を存してはいけない。またある種の破壊がなされている。ただ、破壊の後に建設がきさえするならば、それも至極いいことである。
 まずそれまでは、もはや存在しない事物をも研究しようではないか。それを知ることは必要である、それを避けんがためにでも。過去の偽物は偽名を取って好んで未来と自称する。この幽霊は、過去は、しばしばその通行券を偽造する。われわれはその詭計《きけい》を見破ろうではないか。疑念をはさもうではないか。過去は迷信という顔を持ち、虚偽という仮面をかぶる。その顔を摘発し、その仮面を引きはごうではないか。
 修道院については、複雑なる問題が起こってくる。文明の問題は修道院をしりぞけ、自由の問題は修道院を保護する。
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   第七編 余談



     一 抽象的観念としての修道院

 本書は一つのドラマであって、その第一の人物は無窮なる者である。
 人間は第二の人物である。
 かかるがゆえに、途中に一修道院を見いだすや、吾人はその中には
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