怖の念が見えていた。
 そういう恐怖の念が強くコゼットを支配していたので、彼女は今帰ってきて、着物がぬれていたにもかかわらず、火の所へ行ってそれをかわかそうともせず、そのまま黙って仕事を初めたのだった。
 八歳のその小娘の目つきは、普通はいかにも陰鬱《いんうつ》で、時にはいかにも悲壮であって、どうかすると、白痴かあるいは悪魔にでもなるのではないかと思われるほどだった。
 前に言ったとおり、彼女はかつて祈祷《きとう》の何たるやを知らず、またかつて教会堂に足をふみ入れたこともなかった。「どうしてそんな閑《ひま》があるものか、」とテナルディエの上さんは言っていた。
 黄色いフロックの男は、コゼットから目を離さなかった。
 突然テナルディエの上さんは叫んだ。
「そうそう、パンは?」
 コゼットは、お上さんが高い声を出す時にいつもするように、すぐにテーブルの下から出てきた。
 彼女はすっかりパンのことを忘れていた。それで、絶えずおびえてる子供特有の方便を持ち出して、嘘《うそ》を言った。
「お上さん、パン屋はしまっていましたの。」
「戸をたたけばいいじゃないか。」
「たたきました。」
「そして?」
前へ 次へ
全571ページ中216ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング