て各瞬間ごとに顔をそむけた。綱の一端、一片の棒、一本の木の枝、それが生命それ自身であるような場合があるものである。そして、生あるものが熟した果実のようにそれから離れて落ちるのを見るのは、実に恐ろしいことである。
その時突然山|猫《ねこ》のような捷《はや》さで一人の男が船具をよじ上ってゆくのが見られた。その男は赤い着物を着ていた。徒刑囚である。緑の帽子をかぶっていた。無期徒刑囚である。檣櫓《しょうろ》の上に達すると、一陣の風がその帽子を吹き飛ばして、白髪の頭が見られた。青年ではない。
実際船の中で徒刑労役として働いていた一人の囚人が、その事変が起こるとすぐに当直士官の所へ駆けてゆき、船員らが躊躇《ちゅうちょ》し惑っている中に、すべての水夫らが震えしり込みしているうちに、彼はただ一人、生命を賭《と》して水夫を救いに行くことを許してくれるように士官に願った。士官の許しの首肯を見て、彼は足の鉄輪についていた鎖を鉄|槌《つち》の一撃でうちこわし、それから一筋の繩を持って、檣《ほばしら》の綱具のうちに上っていったのである。いかにたやすくその足鎖がこわれたかには、その瞬間だれも気がつかなかった。
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