方の荒々しさと、夜の冷気と、自由に吸い込まれた空気とは、彼を瀕死《ひんし》の境から引き戻したのだった。
男は返事をしなかった。頭を上げた。人の足音が平原の中に聞こえていた、たぶん巡察の兵士が近づいて来るのであったろう。
将校は低くつぶやいた、その声のうちには死の苦しみがこもっていた。
「どちらが勝ったか?」
「イギリスの方です。」と男は答えた。
将校は言った。
「僕のポケットの中をさがしてみてくれ。金入れと時計があるはずだ。それをあげよう。」
もうそれは取られていたのである。
男は言われた通りのことをするまねをした、そして言った。
「何もありません。」
「だれか盗んだな。」と将校は言った。「残念だ。君にあげるんだったが。」
巡察兵の足音はしだいにはっきりしてきた。
「人がきます。」と男は立ち去ろうとするような身振りをして言った。
将校はようよう腕を持ち上げて男を引き止めた。
「君は僕の生命を救ってくれたのだ。何という名前だ?」
男は急いで低声に答えた。
「私はあなたと同じようにフランス軍についていた者です。もうお別れしなければなりません。もしつかまったら銃殺されるばかり
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