狂的な憤怒であり、稲妻のごとき剣の颶風《ぐふう》であった。たちまちにして千四百の近衛竜騎兵は八百になされてしまった。その中佐フーラーは戦死した。ネーはルフェーヴル・デヌーエットの槍騎兵と軽騎兵とを引きつれて駆けつけてきた。モン・サン・ジャンの高地は、奪取され、奪還され、また奪取された。胸甲騎兵は騎兵の方をすてて歩兵の方へ立ち直った。あるいはなおよく言えば、その恐るべき群集は互いにつかみ合って一団となっていたのである。方陣はなおささえていた。十二回の突撃がなされた。ネーはその乗馬を殺されること四回に及んだ。胸甲騎兵の半ばは高地の上にたおれた。その戦闘は二時間にわたった。
 イギリス軍はそのためにはなはだしく動揺した。もし胸甲騎兵らが凹路《おうろ》の災厄《さいやく》のために最初の突撃力が弱められていなかったならば、彼らは敵の中央を撃破し勝利を決定していたろうとは万人の疑わないところである。その非凡なる騎兵は、タラヴェラおよびバダホースの戦いに臨んだことのあるクリントンをして色を失わしめた。四分の三まで打ち負かされたウェリントンすらも、さすがに賛嘆の声を発した。彼は半ば口のうちで言った、「天晴《あっぱれ》!」
 胸甲騎兵らは、十三の方陣の中七つを殲滅《せんめつ》し、六十門の砲をあるいは奪取しあるいは破壊し、イギリスの連隊旗六個を奪って、それを三人の胸甲騎兵と三人の近衛軽騎兵とがラ・ベル・アリアンスの農家の前にいる皇帝のもとに運んで行った。
 ウェリントンの地位は険悪になっていた。その異常な戦いは、あたかもたけり立った二人の手負いの勇士の間における決闘のようだった。互いに闘《たたか》いなお抵抗しながら、その血潮をすべて失いつつある。両者のいずれが第一に倒れるであろうか。
 高地の闘争は引き続いた。
 どのくらいまで胸甲騎兵らはつき進んでいたか? だれもそれを語ることはできないであろう。ただ確実なことといえば、戦いの翌日、モン・サン・ジャンの馬車の積み荷計量台の素建《すだて》の中に、すなわち、ニヴェルとジュナップとラ・ユルプとブラッセルとの四つの道が出会って交差している所に、一人の胸甲騎兵とその馬とのたおれてるのが発見されたことだった。その騎兵はイギリスの戦線を突破したのだった。その死骸《しがい》を引き起こした人々の一人は、現になおモン・サン・ジャンに住んでいる。彼の名はドアーズと言って、当時十八歳だったのである。
 ウェリントンは運の傾いてきたのを感じた。危機は迫っていた。
 胸甲騎兵らは敵の中央を突破し得なかったという意味では成功しなかった。その高地は皆の有であり、まただれの有でもなかった。そして要するに、大部分はなおイギリス軍の手中にあった。ウェリントンは村と一番高い平地とを有していた。ネーは高地の縁と斜面とをしか有していなかった。両方ともここを墳墓の地と根をおろしてるかのようだった。
 しかしイギリス軍の衰弱はもはや回復すべからざるもののように見えた。その軍隊の出血は恐るべきものだった。左翼のケンプトは援兵を求めた。「一兵もない[#「一兵もない」に傍点]、そこで戦死せよ[#「そこで戦死せよ」に傍点]!」とウェリントンは答えた。それとほとんど同時に両軍の疲憊《ひはい》を語る珍しい一致であるが、ネーもナポレオンに歩兵を求めてきた。ナポレオンは叫んだ、「歩兵[#「歩兵」に傍点]! どこから手に入れてくれというのか[#「どこから手に入れてくれというのか」に傍点]、わしに歩兵をこしらえよとでもいうのか[#「わしに歩兵をこしらえよとでもいうのか」に傍点]?」
 けれども、イギリス軍の方がいっそう悩んでいた。鉄の鎧《よろい》と鋼鉄の胸当てとをつけたその偉大な騎兵隊の狂猛な圧力は、歩兵を押しつぶした。軍旗のまわりに立っている数人の兵が、一個連隊の位置を示してるものもあった。そういう一隊はもはや大尉あるいは中尉によって指揮されてるのみだった。ラ・エー・サントにおいて既に痛手を被ってるアルテンの師団は、ほとんど全滅していた。ヴァン・クルーツェ旅団の勇敢なベルギー兵は、ニヴェルの道に沿った麦畑のうちに莫大《ばくだい》な死屍《しかばね》を横たえていた。一八一一年にはスペインにおいてフランス軍に交じってウェリントンと戦い、今一八一五年にはイギリス軍と結んでナポレオンと戦っていたオランダの擲弾兵《てきだんへい》らは、ほとんど生き残ったものがなかった。将校の損失はなおいちじるしかった。翌日自分の片脚を葬ったアクスブリッヂ卿は、もう膝を砕かれていた。その胸甲騎兵の戦闘においてフランス軍の方では、ドロール、レリティエ、コルベール、ドノプ、トラヴェール、およびブランカールらが戦闘力を失っていたのに対し、イギリス軍の方では、アルテンは負傷し、バーンは負傷し、デランシ
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