感じた。それから棺板の上をこするがさがさした音を感じた。棺を穴の中におろすためにまわりを繩《なわ》でゆわえてるのだと彼は察した。
それから彼は目が廻るような気がした。
たぶん人夫どもと墓掘り人とが棺をぐらつかして足より頭を先にしておろしたのであろう。そして程なくまた水平になって動かなくなった時、彼は初めてすっかり我に返ることができた。穴の底に達したのである。
彼はさすがに一種の戦慄《せんりつ》を覚えた。
冷ややかでおごそかな一つの声が上の方で起こった。自分にわからないラテン語の言葉が、その一語一語とらえらるるくらいゆっくりと響いて来るのを彼は聞いた。
「塵《ちり》のうちに眠る者ら[#「のうちに眠る者ら」に傍点]、やがて目ざむるに至らん[#「やがて目ざむるに至らん」に傍点]、ある者は永遠の生命に[#「ある者は永遠の生命に」に傍点]、またある者は汚辱に[#「またある者は汚辱に」に傍点]。常に[#「常に」に傍点]([#ここから割り注]訳者補 まことを[#ここで割り注終わり])見んがためなればなり[#「見んがためなればなり」に傍点]。」
一つの子供の声が言った。
「深き淵より[#「深き淵より」に傍点]。([#ここから割り注]訳者補 主よ我は爾を呼ばわりぬ[#ここで割り注終わり])」
重々しい声がまた初めた。
「主よ彼に永遠の[#「主よ彼に永遠の」に傍点]休息《やすらい》を与えたまえ[#「を与えたまえ」に傍点]。」
子供の声が答えた。
「恒《つね》なる光は彼に輝かんことを[#「なる光は彼に輝かんことを」に傍点]。」
その時彼は身をおおうている板の上に、雨だれのような静かな音を聞いた。たぶんそれは聖水だったのだろう。
彼は考えた。「もうすぐに終わるだろう。も少しの[#「も少しの」は底本では「もし少しの」]辛抱だ。牧師が立ち去る、フォーシュルヴァンはメティエンヌを飲みに引っ張ってゆく、自分は一人になる。それからフォーシュルヴァンが一人で帰ってくる。そして自分は穴から出る。も少しの間だ。」
重々しい声が言った。
「安らかに[#「安らかに」に傍点]憩《いこ》わんことを[#「わんことを」に傍点]。」
そして子供の声が言った。
「アーメン[#「アーメン」に傍点]。」
ジャン・ヴァルジャンは耳をそばだてながら、人の足音らしいものが遠ざかってゆくのを知った。
「皆立ち去ってゆくのだな。」と彼は考えた。「もう自分一人だ。」
するとたちまち頭の上に、雷が落ちたかと思われるような音が聞こえた。
それは一すくいの土が棺の上に落ちた音だった。
次にまた一すくいの土が落ちてきた。
彼が息をしていた穴の一つは、そのためにふさがってしまった。
第三の士が落ちてきた。
次に第四の土が。
いかに強い男にとっても、それはあまりにもひどすぎた。ジャン・ヴァルジャンは気を失った。
七 札をなくすなという言葉の起原
ジャン・ヴァルジャンがはいっていた棺の上の方では次のようなことが起こったのである。
棺車が立ち去った時、そして牧師と歌唱の子供とがまた馬車に乗って帰って行った時、墓掘り人から目を離さなかったフォーシュルヴァンは、墓掘り人が身をかがめて、うずたかい土の中にまっすぐにつきさしてある※[#「金+産の旧字体」、第3水準1−93−37]《くわ》を手に取るのを見た。
その時フォーシュルヴァンは最後の決心をした。
彼は墓穴と墓掘り人との間につっ立ち、両腕を組んで、そして言った。
「金は私《わし》が払う。」
墓掘り人は驚いて彼をながめ、そして答えた。
「何のことだよ?」
フォーシュルヴァンは繰り返した。
「金は私が払う。」
「何さ?」
「酒だよ。」
「何の酒だ?」
「アルジャントゥイュだ。」
「アルジャントゥイュってどこにあるんだ。」
「ボン・コアンの家《うち》にある。」
「なんだばかにするない!」と墓掘り人は言った。
そして彼は一すくいの土を棺の上にほうり込んだ。
棺はうつろな音を返した。フォーシュルヴァンはよろめいて、自分も墓穴の中にころげ落ちそうな気がした。喉《のど》をしめられたようなしわがれ声を交じえて彼は叫んだ。
「おい、ボン・コアンの戸がしまらないうちにさ!」
墓掘り人はまた※[#「金+産の旧字体」、第3水準1−93−37]《くわ》で土をすくった。フォーシュルヴァンは言い続けた。
「私が払う。」
そして彼は墓掘り人の腕をつかんだ。
「まあきいてくれ。私は修道院の墓掘りだ。お前さんの手助けにきてるんだ。仕事は晩にすればいい。まあ一杯飲みに行ってからにしようじゃないか。」
そう言いながらも、絶望的にしつこく言い張りながらも、彼は悲しい考えを心のうちに浮かべていた。「そして酒は飲むとしても、果して酔っ払う
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