かってるはずである。
プティー・ピクプュス・サン・タントアーヌの修道院は、ポロンソー街とドロア・ムュール街とピクプュス小路と、今はつぶれているが古い地図にはオーマレー街とのっていた小路とが、互いに交差して切り取った広い四角形のほとんど全部を占めていた。四つの街路はその四角形を溝《みぞ》のように取り巻いていた。修道院は数個の建物と一つの庭とから成っていた。中心の建物はこれを全体として見れば、雑多な様式をつみ重ねたもので、上から見おろせば、地上に倒した絞首台とほとんど同じ形になっていた。絞首台の大柱は、ピクプュス小路とポロンソー街との中に含まるるドロア・ムュール街の辺全体を占めており、その腕木は、鉄格子《てつごうし》のある灰色の高いいかめしい正面であって、ピクプュス小路を見おろしていた。六十二番地という標札のある正門はその端になっていた。この正面の約中央に、ほこりと灰とに白くなった穹窿形《きゅうりゅうけい》の低い古門があって、蜘蛛《くも》が巣を張っており、開かれるのはただ日曜日ごとに一、二時間と、修道女の柩《ひつぎ》が修道院から出るまれな場合だけだった。それが会堂への一般人の入り口であった。絞首台の肱《ひじ》に当たる所に、祭式の行なわれる四角な広間があって、それを修道女らは特別室[#「特別室」に傍点]と呼んでいた。大柱に当たる所に、長老やその他の修道女の分房と修練女の室とがあった。腕木に当たる所に、料理場と食堂とがあって、それと背中合わせに大歩廊と会堂とがあった。六十二番地の門をはいると、閉ざされてるオーマレー小路の角《かど》に寄宿舎があって、それは外からは見えなかった。四角形の残りの部分は庭になっていて、庭の地面にポロンソー街の地面よりもずっと低かった。そのために壁は外部よりも内側の方がはるかに高かった。庭は軽く中高になっていて、中央に一つの築山《つきやま》があり、その上に円錐形をなして梢《こずえ》のとがったりっぱな樅《もみ》の木が一本あって、ちょうど円楯《まるたて》の槍受《やりう》けの丸い中心から溝《みぞ》が出てるように、そこから四つの大径が出ていた。そして八つの小径が各大径の間に二つずつ通っていた。それで庭がもし円形だったら、道の幾何学的配置の図形は、ちょうど輪の上に十字形が置かれたようなありさまになったに違いない。道はみな庭の不規則な壁の所まで達しているので、その長さは一様でなかった。道の両側にはすぐりの木が立ち並んでいた。庭の奥には、大きな白楊樹の並んだ一筋の道が、ドロア・ムュール街の角にある古い修道院の廃屋から、オーマレー小路の角《かど》にある小修道院まで通じていた。小修道院の前方には、小庭と言われてるものがあった。それらの全体に加うるに、一つの中庭、中部の住家がこしらえてる種々な角、監獄の壁、ポロンソー街の向こう側にあって近くにずっと見渡せる黒い長い屋根並みの一列、などをもってする時には、今から四十五年前のプティー・ピクプュスのベルナール修道女らの住居のありさまが、だいたいわかるであろう。この聖《きよ》い住居はまさしく、十四世紀から十六世紀へかけて有名だった一万一千の悪魔の庭球場[#「一万一千の悪魔の庭球場」に傍点]と呼ばれるテニスコートの跡に、建てられていたのである。
なおそれらの街路は、パリーのうちでは最も古いものだった。ドロア・ムュールとかオーマレーとかいう名前はきわめて古いものである。がそういう名前を持ってる街路はなおずっと古いものである。オーマレー小路はもとモーグー小路と言われていた。そしてドロア・ムュール街([#ここから割り注]訳者注 垂直壁街の意[#ここで割り注終わり])はエグランティエ街([#ここから割り注]訳者注 野薔薇街の意[#ここで割り注終わり])と言われていた、それは人が石を切る前に神は花を咲かせられたからである。
九 僧衣に包まれし一世紀
われわれはプティー・ピクプュスの古《いにしえ》のありさまを詳しく述べているのであるから、そして既にこの秘密な隠れ家《が》の窓を一つ開いて中をのぞいたことであるから、なおここにも一つ枝葉の点を述べることを許していただきたい。これは本書の内容とは没交渉のものではあるけれども、この修道院が独特な点を有することを了解せんがためには、きわめて特異な有効なものである。
小修道院に、フォントヴローの修道院からやってきた百歳ばかりの女が一人いた。彼女は革命以前には上流社会の人だった。ルイ十四世の下に掌璽官《しょうじかん》だったミロメニル氏のことや、親しく知っていたというあるデュプラーという議長夫人のことなぞを、いつもよく話していた。あらゆる場合に右の二つの名前を持ち出すことは、彼女の楽しみでもあり見栄《みえ》でもあった。またフォントヴローの修道院に関
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