がき》で隠されている。フランス兵はそこにきて、ただ生籬ばかりだと思ってそれを乗り越すと、その先には障害物であり埋伏所である壁があり、その後ろにはイギリスの近衛兵がおり、一時に発火する三十八の銃眼があり、霰弾《さんだん》と銃弾とのあらしがあった。そしてソアイの旅団はそこで粉砕された。かくてワーテルローの本舞台は初まったのである。
 けれども果樹園は占領された。はしごがなかったので、フランス軍は爪でよじ登った。木立ちの中で白兵戦が演ぜられた。草はすべて血に染まった。七百人のナッソーの一隊はそこで撃滅された。ケレルマンの砲兵二個中隊が壁に砲火を浴びせたので、その外部は砲弾のためにさんざんになっている。
 いまやこの果樹園もやはり、五月の時を忘れないでいる。きんぽうげやひな菊も咲き、草は高く伸び、農馬は草を食い、洗たく物をかわかす毛繩は木立ちのすき間に張られて、通る人々の頭をかがめさせる。その荒地を歩けば、時々もぐらの穴に足を踏み込む。草の中に、根こぎにされて横たわりながら青々と芽を出してる一本の木が見らるる。ブラックマン少佐がそれに寄りかかって息を引き取った。その隣の大きな木の下では、ナント勅令の廃止のおり亡命したフランスのある家族の出でドイツの将軍をしていたデュプラーが倒れた。すぐそのそばには、一本の病んだ林檎《りんご》の古木が、わらと粘土の繃帯《ほうたい》で包まれて傾いている。ほとんどすべての林檎の樹は老衰のうちに倒れかかっている。銃弾や霰弾を受けていないものは一本としてない。枯木の骸骨《がいこつ》が果樹園の中には数多《あまた》ある。烏が枝の間を飛んでいる。その向こうは、すみれの咲き乱れた森である。
 ボーデュアンは戦死し、フォアは負傷し、火災、殺戮《さつりく》、惨殺、英独仏の兵士らの血は猛烈な混戦のうちに川となって流れ、井戸は死屍《しかばね》をもって満たされ、ナッソーの連隊およびブルンスウィックの連隊は全滅し、デュプラーは戦死し、ブラックマンは戦死し、イギリス近衛兵は大半殺され、フランス軍はレイユ軍団の四十個大隊中二十個大隊を大半失い、三千の兵士らはウーゴモンの破屋《あばらや》のうちだけできられ、突かれ、屠《ほふ》られ、撃たれ、焼かれてしまった。かくてすべてそれらの結果は、今日そこの百姓が旅人に向かって言う、「旦那[#「旦那」に傍点]、三フラン下さい[#「三フラン下さい」に傍点]、ワーテルローのことを話してあげましょう[#「ワーテルローのことを話してあげましょう」に傍点]!」

     三 一八一五年六月十八日

 物語作者の権利の一つとして過去に立ち返り、一八一五年に、しかも本書の第一部において語られた事件の初まる少し前まで、さかのぼってみよう。
 一八一五年六月の十七日から十八日へかけた夜に雨が降っていなかったならば、ヨーロッパの未来は今と違っていたであろう。数滴の水の増減が、ナポレオンの運命を左右した。ワーテルローをしてアウステルリッツ戦勝の結末たらしむるためには、天は少しの降雨を要したのみであって、空を横ぎる時ならぬ一片の雲は、世界を転覆《てんぷく》させるに十分であった。
 ワーテルローの戦いはようやく十一時半にしか初まらなかった。それはブリューヘルに戦いに駆けつけるだけの時間を与えたのである[#「与えたのである」は底本では「与えたのでる」]。なぜ十一時半にしか初まらなかったかといえば、土地が湿っていたからである。砲兵の運動のために、土地が少し固まるのを待たなければならなかった。
 ナポレオンはもとより砲兵の将校であって、その特質をそなえていた。この非凡なる将軍の根本は実に、執政内閣に対するアブーキル戦の報告中に「わが砲弾のあるものは敵兵六人を倒せり[#「わが砲弾のあるものは敵兵六人を倒せり」に傍点]」と言わしめたあの性格であった。彼のあらゆる戦争の方略は砲弾のために立てられていた。ある特点に砲兵を集中させることに、彼の勝利の秘鑰《ひやく》はあった。彼は敵将の戦略をあたかも一つの要塞《ようさい》のごとく取り扱い、そのすき間から攻撃した。霰弾《さんだん》をもって敵の弱点を圧倒し、大砲をもって戦機を処理した。彼の天才のうちには射撃法があった。方陣を突破し、連隊を粉砕し、戦線を破り、集団を突きくずし散乱せしむることは、すべて彼にとってはただ間断なく撃ちに撃つことであった、そして彼はその仕事を砲弾に任した。それは恐るべき方法であって、それが天才に合せらるるや、この不思議なる戦いの闘士をして十五カ年間天下に無敵たらしめたのである。
 一八一五年六月十八日、彼は砲数の優勢を保っていただけになおさら砲兵にまつ所が多かった。ウェリントンが百五十九門の火砲をしか有しなかったのに対して、ナポレオンは二百四十門を有していた。
 仮りに土地
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