こちら》は女たちであった。
その男らは何をしてきたのであったか? 窃盗を働き、暴行を行ない、略奪し、殺害し、謀殺したのである。盗賊、詐欺師、毒殺者、放火人、殺害者、大逆人らであった。そしてその女らは何をしてきたのであったか? 何もしたのではなかった。
一方には、強盗、密売、詐欺、暴行、猥褻《わいせつ》、殺人、あらゆる種類の冒涜《ぼうとく》、あらゆる種類の加害。そして他方には、潔白のただ一事。
完全なる潔白! 徳によってなお地上に結ばれ、聖《きよ》さによって既に天に結ばれて、ほとんどある神秘なる昇天の域にまで高められたるもの。
一方においては、声を潜めて互いに罪悪を語り合い、他方においては、高い声で過失を懺悔《ざんげ》する。そしてしかも、いかなる罪悪であり、またいかなる過失であることか!
一方には毒気、他方には言うべからざる香気。一方には、世の視線をへだてられ大砲の下に閉じこめられて徐々に患者を食い荒しつつある精神的疫病。他方には、同じ竈《かまど》の中のすべての魂の清浄なる焔。彼方には暗黒、此方には影。しかも明るみに満ちた影であり、光輝に満ちた明るみである。
いずれも奴隷制度《どれいせいど》の場所。しかし前者には、解放の可能、常に見えている法律上の限界、そしてまた脱走。後者には、終身。そして唯一の希望としては、未来の遠き末端にあって、人が死と称するあの自由の輝き。
前者にあっては、人々は鎖によってつながれてるのみであり、後者にあっては、人々は自分の信仰によってつながれている。
前者から出て来るものは何であるか? 大なる呪詛《じゅそ》、切歯、憎悪、自暴自棄の悪念、人類の団結に対する憤怒の叫び、天に対する嘲笑。
後者からは何が出て来るか? 天の恵みと愛。
しかも、かくも似寄りまたかくも異なれるそれら二つの場所において、かくも相違せる二種の人々は、同じ一事をなしているのである、すなわち贖罪《しょくざい》を。
ジャン・ヴァルジャンは、第一の人々の贖罪、個人的贖罪、自分自身のための贖罪を、よく了解していた。しかし第二の人々の贖罪、何らの難点もなく何らの汚点もない婦人らの贖罪を、了解しなかった。そして彼は一種の戦慄《せんりつ》をもって自ら尋ねた。「何についての贖罪であるか? いかなる贖罪であるか?」
一つの声が彼の内心で答えた。「人間の仁慈のうちで最も神聖
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