。ヴォージラールの墓地はものさびた場所で、フランス式の古い庭園のようなふうに木が植わっていた。まっすぐな道、黄楊樹、柏《かしわ》、柊《ひいらぎ》、水松《いちい》の古木の下の古墳、高い雑草。夕方などはいかにも物寂しく、きわめてわびしい物の輪郭が見られた。
 白いラシャと黒い十字架との棺車がヴォージラールの墓地の並み木道にさしかかってきた時、太陽はまだ没していなかった。棺車の後に従ってる跛者の老人は、フォーシュルヴァンにほかならなかった。
 祭壇の下の窖《あなぐら》へクリュシフィクシオン長老を葬ること、コゼットを連れ出すこと、ジャン・ヴァルジャンを死人の室《へや》に導くこと、それらはみな無事に行なわれて、何の故障も起こらなかった。
 ついでに一言するが、修道院の祭壇の下にクリュシフィクシオン長老を葬ったことは、われわれに言わすればきわめて軽微な罪にすぎない。それは一種の務めともいうべきたぐいの過ちである。修道女らは何らの不安なしにばかりでなく、また本心の満足をもってそれを行なったのである。修道院にとっては、「政府」と称するところのものは権威に対する一干渉にすぎず、常に議論の余地ある干渉にすぎない。第一は教規である。法典などはどうでもよろしい。人間よ、欲するままに法律を定むるがよい、しかしそれは汝ら自身のためにのみとどめよ。シーザーへの貢物《みつぎもの》は、常に神への貢物の残りに過ぎない。王侯といえども教義の前には何らの力をも持たないのである。
 フォーシュルヴァンは跛を引きながら、いたって満足げに棺車のあとについていった。彼の二つの秘密、彼の二重の策略、一つは修道女らとはかったこと、他はマドレーヌ氏とはかったこと、一つは修道院のためのもの、他は修道院に反するもの、その二つは同時に成功したのである。ジャン・ヴァルジャンの落ち着きは、周囲の者をも巻き込むほど力強いものだった。フォーシュルヴァンはもう成功を疑わなかった。残りの仕事は何でもないものだった。人のいい肥《ふと》っ面《つら》の墓掘り爺《じい》メティエンヌを、彼はこの二年ばかりの間に十ぺんくらいは酔っぱらわしたことがあった。彼はメティエンヌをもてあそび、掌中にまるめこみ、自分の欲するままに取り扱った。メティエンヌの頭はいつもフォーシュルヴァンのかぶせる帽子のとおりになった。それで今フォーシュルヴァンはまったく安心しきっ
前へ 次へ
全286ページ中262ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング