まりたいこと、それがクリュシフィクシオン長老の最後の御希望でありました。あの方はそれを私どもに願われました、云いかえれば、おいいつけなさいました。」
「けれども、それは禁じられてあります。」
「人間によって禁じられていますが、神によって命ぜられているのです。」
「もし知れましたら?」
「私たちはお前を信じています。」
「おお私は、この壁の石と同様口外はいたしません。」
「集会が催されています。私は声の母たちになお相談したのですが、皆評議の上で、クリュシフィクシオン長老は御希望どおりにその柩《ひつぎ》に納めて祭壇の下に葬ることに、きまったのです。まあ考えてごらん、もしここで奇蹟が行なわれたらどうでしょう! 組合のものにとっては何という神の栄光でしょう! 奇蹟というものは墓から現われて来るものです。」
「けれども、長老様、もし衛生係りの役人が……。」
「聖ベネディクト二世は、墓の事でコンスタンチヌス・ポゴナチウス皇帝と争われました。」
「それでも警察の人が……。」
「コンスタンス皇帝の時に、ゴールにはいってこられた七人のドイツの王様の一人であったコノデメールは、宗門の規定で葬られること、すなわち祭壇の下に葬られることを、修道士たちの権利として特に認可されました。」
「けれども警視庁の検察官が……。」
「世俗のことは十字架に対しては何でもありません。シャルトルーズ派の十一番目の会長であったマルタンは次の箴言《しんげん》をその派に与えられました。世の変転を通じて十字架は立つなり[#「世の変転を通じて十字架は立つなり」に傍点]。」
「アーメン。」とフォーシュルヴァンは終わりのラテン語に対して言った。彼はラテン語を聞くごとに、いつもそうしてごまかすのだった。
長く沈黙を守っていた者にとっては、だれか一人聞き手があればそれで足りるものである。ある時、ジムナストラスという修辞学の教師が牢獄から出たが、多くの両刀論法や三段論法などが全身にいっぱいつまっていて、立ち木に出会うとたちまちその前に立ち止まり、それに弁論をしかけ、それを説服するために大変な努力をしたという話がある。修道院長は、平素は厳格な緘黙《かんもく》の規則に縛られていたので、言葉の袋がはちきれそうにいっぱいふくらんでいた。それで立ち上がって、水門を切って放ったがように滔々《とうとう》と弁じ立てた。
「私は右にベネディク
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