が種々な理由で仕事に失敗して、公証人書記から荷車屋となり人夫とまでなり下がった。けれども、必要だと思えば馬をののしったり鞭《むち》を食わしたりしてはいたものの、なお彼のうちには公証人書記の性質が残っていた。彼は生まれながらの機知を持っていた。仮名づかいをも知っていた。田舎には珍しいほど話も上手だった。他の百姓どもは彼のことを、「あの男は旦那方のような言葉つきをする」と言っていた。フォーシュルヴァンは実際、十八世紀の煩雑《はんざつ》軽薄な言葉でいわゆる半都会人半田舎者[#「半都会人半田舎者」に傍点]というあの階級、お邸《やしき》から百姓家の方までひろがっていって平民どもの取って置きのたとえ言葉となってるものでいわゆる半平民半市民[#「半平民半市民」に傍点]、胡椒《こしょう》と塩[#「と塩」に傍点]というあの階級、それに属していたのである。彼は運命にひどく苦しめられ弱らされており、すり切れたあわれな老耄《おいぼれ》の魂とはなっていたけれども、まだやはりきびきびした自発的な人間であった。これは人を決して悪人となさない尊い性質である。彼は欠点や悪徳も持ってはいたが、それは表面的なものだった。要するに彼の人相は、よく見るとはなはだ愛すべきものであった。その年老いた顔には、悪質か愚昧《ぐまい》かを示すあの上額のいやな皺《しわ》は少しもついていなかった。
 夜明け頃に、フォーシュルヴァンは途方もない夢をみて目をさました。見ると、マドレーヌ氏は藁束《わらたば》の上にすわって、眠ってるコゼットをながめていた。フォーシュルヴァンは半身を起こして言った。
「さて、あなたは今ここにいなさるが、どうして改めてはいる工夫をしたものでしょうかな。」
 その言葉は一言にして事情を言い尽したもので、ジャン・ヴァルジャンを夢想から呼びさました。
 二人の老人は相談をはじめた。
「まず、」とフォーシュルヴァンは言った、「この室から外に出ないようにしなければいけません。子供もあなたも二人とも。一足でも庭に出たら、もうおしまいです。」
「なるほど。」
「マドレーヌさん、」とフォーシュルヴァンはまた言った、「あなたはいい時に、というのは悪い時においででした。一人の修道女がひどく病気なんです。それでこちらはあまり注意されていませんでしょう。もう死にかかってるのかもわかりません。四十時間の祈祷《きとう》がされてい
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