舎の方だけだった。それから食物も、修道院の方に比べると寄宿舎の方が上等だった。その上に生徒らは種々な世話を受けた。ただ、生徒が修道女のそばを通って話しかけてみても、修道女は決して返事をしなかった。
そういう沈黙の規律は次のような結果をきたしていた。すなわち、修道院中において、言葉は人間から奪われて無生物に与えられていた。あるいは会堂の鐘が口をきき、あるいは庭番の鈴が口をきいた。受付の女のそばに置かれていて家中に響き渡る大きな音の出る鐘は、その種々の音で、一種の音響電信のような仕方で、しなければならない実際的の仕事を知らせたり、必要に応じて某々の人を応接室に呼んだりした。各人および各仕事は、皆それぞれきまった音を持っていた。修道院長は一つと一つ、副院長は一つと二つ。六つと五つは課業。それで生徒らは決して教室にはいるということを言わないで、六つと五つに行くと言っていた。四つと四つはジャンリー夫人の音であった。その音はごくしばしば聞かれた。好意を持たない者らはそれを四つの悪魔[#「四つの悪魔」に傍点]と言っていた([#ここから割り注]訳者注 四つの悪魔とは大騒ぎという意味にもなる[#ここで割り注終わり])。十と九つは大事件の合い図だった。大事件というのは壁の門[#「壁の門」に傍点]の開くことであって、その鋲《びょう》のいっぱいついた恐ろしい鉄の扉《とびら》は大司教の前にしか決して開かれなかったのである。
大司教と庭番とのほかは、前に言ったとおり、男はだれも修道院の内部にははいられなかった。けれど寄宿生らはその他に二人の男を見たことがあった。一人はバネス師という年老いた醜い教誨師《きょうかいし》であって、それを皆は会堂の歌唱の間《ま》で格子《こうし》越しに見ることを許されていた。も一人は図画の教師のアンシオー氏で、前に数行引用した一寄宿生の手紙の中ではアンシオ[#「アンシオ」に傍点]氏と呼ばれていて、恐ろしい[#「恐ろしい」に傍点]佝僂《せむし》の老人[#「の老人」に傍点]だと書かれている。
男の人選がすべていかにうまく行なわれてるかは、これでわかるであろう。
そういうのがこの不思議な家のありさまであった。
八 心の次に石
精神的の方面を大略述べた後に、その物質的方面の象《すがた》を少しく指摘することはむだではないだろう。また既に読者にはそれが多少わ
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