。彼はそこに罠《わな》を張ったようになってるあつらえ向きのジャンロー袋町のことを考え、ピクプュス小路へ通ずるドロア・ムュール街のただ一つの出口のことを考えた。猟人らの言うように彼は取り巻いた[#「取り巻いた」に傍点]。その出口を見張るために警官の一人を他の道から急いでつかわした。造兵廠《ぞうへいしょう》の屯所《とんしょ》にもどる一隊の巡邏兵《じゅんらへい》が通ったので、それを頼んで引きつれた。そういうカルタ遊びには兵士は切札《きりふだ》なのである。その上、野猪《いのしし》をやっつけるには猟人の知力と猟犬の力とを要するのが原則である。それだけの準備をしておけば、もうジャン・ヴァルジャンも袋の鼠《ねずみ》で、右へ行けばジャンローの行き止まりであり、左へ行けば手下の警官がおり、後ろには自分が控えている、そう思ってジャヴェルはかぎ煙草を一服した。
それから彼は狩り出しにかかった。それは残虐な狂喜の時間であった。彼は獲物を進むままにさしておいた。もう自分の手中のものであることを知っていた。しかし捕獲の時間をできるだけ長引かしたかった。自分の捕えたものがなお自由に動き回ってるのを見ることがおもしろかった。巣にかかった蠅《はえ》の飛ぶのを見て喜ぶ蜘蛛《くも》のような目つきで、また捕えた鼠《ねずみ》を走らして喜ぶ猫《ねこ》のような目つきで、彼は獲物をうかがっていた。獲物をつかむ爪牙《そうが》は奇怪な快感を持っている。それはつかんだ獲物の盲目的な運動を感ずることである。そのなぶり殺しはいかにおもしろいことであるか!
ジャヴェルは楽しんでいた。網の目は堅固に結んであった。彼は成功を信じていた。今はもう手を握りしめることだけであった。
彼の方には大丈夫な手下がついているので、ジャン・ヴァルジャンがいかに勇気あり力あり死にもの狂いになったとて、抵抗しようなどとは思いもよらぬことだった。
ジャヴェルは徐々に進んで行った。あたかも盗人のポケットを一々探るように、その街路のすみずみを隈《くま》なく探りながら進んだ。
ところがその蜘蛛《くも》の巣のまんなかまで行くと、そこにはもう蠅《はえ》はかかっていなかった。
彼の憤激は察するに余りある。
彼はドロア・ムュール街とピクプュス小路との角《かど》を番していた警官に尋ねてみた。警官は泰然自若としてその場所に立っていたが、あの男が通るのは見
前へ
次へ
全286ページ中184ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング