。」と男は言った。
男は向きを変えた。月の光が彼の横顔を照らし出した。そしてジャン・ヴァルジャンはフォーシュルヴァン老人を見て取った。
「ああ、君だったか。」とジャン・ヴァルジャンは言った。「なるほど思い出した。」
「それで安堵《あんど》しましたよ!」と老人は恨むような調子で言った。
「そしてここで何をしてるんです。」とジャン・ヴァルジャンは尋ねた。
「なあに、瓜《うり》を囲ってやってるんですよ。」
ジャン・ヴァルジャンが近寄ってきた時、フォーシュルヴァン老人は実際手に防寒菰《ぼうかんこも》のはじを持っていて、それを瓜畑《うりばたけ》の上にひろげてるところだった。彼は一時間ばかり前から庭に出ていて、既に多くの菰をひろげてしまっていた。ジャン・ヴァルジャンが物置きの中からながめた彼の変な動作は、そういうことをしてるためだった。
彼は続けて言った。
「私は考えたんですよ。月はいいし、霜はおりるだろう、どれひとつ瓜に外套《がいとう》をきせてやろうかって。」そして彼はジャン・ヴァルジャンを見て高く笑いながらつけ加えた。「あなたにもそうしてあげなければいけませんかな。だがいったいどうしてここにきなすったかね。」
ジャン・ヴァルジャンは、今自分はこの男から知られている、少なくともマドレーヌという名前で知られている、ということを感じて、こんどは用心してしか話を進めなかった。彼は種々なことを尋ねてみた。不思議にも役割が変わってしまったかのようだった。今や尋ねかけるのは闖入者《ちんにゅうしゃ》なる彼の方であった。
「いったい君が膝《ひざ》につけてる鈴は何かね。」
「これですか、」とフォーシュルヴァンは答えた、「これは人がよけるようにつけてるんですよ。」
「なんだって、人がよけるように?」
フォーシュルヴァン老人は妙な瞬《まばたき》をした。
「なにね、この家には女ばかりきりいないんです。大勢の若い娘さんたちですよ。私と顔を合わすのが険呑《けんのん》だと見えましてね、鈴で知らしてやるんですよ。私が行くと、皆逃げていきます。」
「これはどういう家かね。」
「ええ! 御存じでしょうがね。」
「いや、知らないんだ。」
「私をここの庭番に世話して下すってながら!」
「まあ何にも知らないものとして教えてくれ。」
「それじゃあね、プティー・ピクプュスの修道院ですよ。」
ジャン・ヴァルジャ
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