した。幾つも戸口はあったが、どれもしまっていた。一階の窓にはみな格子《こうし》がついていた。
建物の内側の曲がり角《かど》を通り過ぎると、アーチ形の窓が幾つもある所に出た。光がさしていた。彼は爪先《つまさき》で伸び上がって、一つの窓からのぞいてみた。それらの窓はみなかなり広い一つの広間についていて、広間の中は大きな石が舗《し》いてあり、迫持揃《せりもちぞろい》と柱とで仕切られ、ただ一つの小さな光と大きな影とのほか、何も見分けられなかった。その光は、片すみにともされてる一つの有明《ありあけ》から来るのだった。広間の中はひっそりとして、何も動くものはなかった。けれどもじっと見ていると、床石の上に、喪布におおわれた人間の形らしいものが、ぼんやり見えるようだった。それはうつ向きになって、床石に顔をつけ、腕を十字に組み、死んだようにじっとして動かなかった。床の上に引きずっている蛇《へび》のようなもので、そのすごい形のものには首に繩《なわ》がついてるようにも思われた。
広間のうちは薄ら明りに浮かび上がってくる一種の靄《もや》が立ちこめて、いっそう恐ろしい趣になっていた。
ジャン・ヴァルジャンがその後しばしば言ったことであるが、彼は生涯《しょうがい》に幾度か陰惨な光景に出会ったけれども、その薄暗い場所でま夜中にのぞき見た謎《なぞ》のような人の姿が、何とも言えない不可解な神秘を行なってるありさまほどぞっとする恐ろしいものは、かつて見たことがなかった。それはたぶん死んでるのかも知れないと想像するのは恐ろしいことだったが、あるいは生きてるのかも知れないと考えるのはなおさら恐ろしいことだった。
彼は勇気を鼓して額を窓ガラスに押し当て、それが動きはしないかをうかがった。だいぶ長い間そうしてうかがっていたが、横たわってるその形は少しも動かなかった。と突然名状し難い恐怖を感じて、彼は逃げ出した。後ろもふり返り得ないで物置きの方へ駆け出した。もしふり向いたら、後ろにはきっとその形が腕を振りながら大またに追いかけてくるのが見えるに違いないような気がした。
彼は息を切らして小屋の所へ帰ってきた。足もまっすぐには立てなかった。腰には冷や汗が流れていた。
いま自分はどこにいるのであろう。パリーのまんなかにこんな墓場のようなものがあろうとは、だれが想像し得られよう。この不思議な家は何だろう。夜
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