もピクプュス小路にも見張りがついてる。きっと袋町のうちにいるに違いない!」
 兵士らはジャンロー袋町のうちにはいり込んで行った。
 ジャン・ヴァルジャンはコゼットを負いながら屋根をすべりおり、菩提樹に取りついて地面に飛びおりた。恐怖のためか元気を出したのか、コゼットは息をも潜めていた。両手には少し擦過傷《すりきず》がついていた。

     六 謎《なぞ》のはじめ

 ジャン・ヴァルジャンがはいった所は、ごく広い異様なありさまをした一種の庭であった。特に冬にそして夜分にながめるためにこしらえられたかと思われるほど寂しい庭であった。長方形をなしていて、奥には大きな白楊樹《はこやなぎ》の並んだ通路があり、すみずみにはかなり高い木立ちがあり、まんなかはうち開けた空地になっていて、一本のごく大きな樹木、大きな藪《やぶ》のように込み合って曲がりくねった数本の果樹、四角な野菜畑、月の光に輝いてる瓜畑《うりばたけ》の鐘形覆《しょうけいおお》い、古い水溜《みずだめ》などが、それと見えていた。所々に石の腰掛けがあったが、苔《こけ》に黒くなってるようだった。道にはほの暗い小さな灌木《かんぼく》が立ち並んでまっすぐに通じていた。庭の半ばは雑草が生《お》い茂り、残りは青い苔《こけ》におおわれていた。
 ジャン・ヴァルジャンのそばには、彼が屋根を伝っておりてきた小屋があり、薪《まき》がつみ重ねてあり、その後ろに壁にくっついて石の立像が一つあった。石像の欠け損じた顔は変な形の仮面のようになって、暗やみのうちにぼんやり見えていた。
 小屋はもう荒廃してしまっていて、壁の落ちた幾つかの室《へや》が認められ、その一つはいっぱい物がつまっていて物置きに使われてるらしかった。
 ピクプュス小路の方まで折れ曲がっているドロア・ムュール街の大きな建物は、直角をなした二つの正面で庭を囲んでいた。その内側の正面は、外部の正面よりいっそう陰気であった。窓には鉄格子《てつこうし》がはまっていて、燈火の影さえさしてはいなかった。上方の窓には監獄に見るように目隠しがついていた。その一方の正面の影は他の正面の上に落ち、更に庭に落ちて、広い黒布をひろげたようなありさまをしていた。
 そのほかには一軒の家も見当たらなかった。庭の奥は靄《もや》と夜とのうちに見えなくなっていた。けれども二、三の壁がぼんやり見分けられて、その交錯
前へ 次へ
全286ページ中168ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ユゴー ヴィクトル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング