ガンニーに面した森の方へ行ったということだった。彼はその方向へ急いだ。
 二人は彼より先に出かけていた。しかし子供の足は遅い。そして彼は早く歩いていた。その上その辺の地理に彼は詳しかった。
 突然彼は立ち止まって、額をたたいた。あたかも大事なことを忘れていて引き返そうとしてる者のようだった。
「銃を持って来るんだった!」と彼は思った。
 テナルディエは二重の性格を持ってる男だった。そういう男はしばしば、だれも気づかぬうちに人々の間を通りぬけ、まただれにも認められずに姿を隠してしまうものである。なぜなら、そのただ一方面だけをしか見せないようにできているから。多くの者は、そういうふうにして半ば影に潜んで生活するようになっている。平和な普通の場合にはテナルディエは、正直な商人、善良な市民――である、とは言えないが――となるに足るだけのものを持っていた。と同時にまたある場合になると、底の性質をもたげさせるようなある事件が起こると、悪党たるに足るだけのものを持っていた。彼は底に怪物を蔵した商人であった。彼が生活してる家の片すみには、悪魔が時々うずくまって、自分が作ったその醜い傑作の前に思いにふけったに違いない。
 ちょっと躊躇《ちゅうちょ》した後、彼は考えた。
「ええ、ぐずぐずしてるうちには逃げてしまう!」
 そして彼はまっすぐに大急ぎで進んでいった。あたかも鷓鴣《しゃこ》の群れをかぎつけた狐《きつね》のように敏捷《びんしょう》に、ほとんど確信があるような様子で。
 果して、池の所を通りすぎ、ベルヴュー並み木道の右手にある広い粗林を斜めに横ぎって、シェル修道院の昔の水道の覆《おお》いとなってほとんど丘を取り巻いてる芝生《しばふ》の小道まで達した時、彼は一つの帽子が藪《やぶ》の上から見えてるのを認めた。彼がいろんな憶測をなげかけた帽子で、あの男の帽子だった。藪は低かった。テナルディエは男とコゼットがそこにすわってるのを見て取った。コゼットの方は小さいので見えなかったが、人形の頭が見えていた。
 テナルディエの見当はまちがわなかった。男は実際そこにすわってコゼットを少し休ましていたのである。テナルディエは藪をまわって、追いかけてきたその二人の目の前に突然現われた。
「ごめん下さい。」と彼は息を切らしながら言った。
「ここに旦那《だんな》の千五百フランを持って参りました。」
 そう
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